第57章 家族の絆
「いいや。俺は間違えた。謝罪の機会が欲しい」
冨岡は火憐の両肩に手を置いた。
「先入観があった。藤の紋の家の人間なら、そんな卑劣な真似は決してしないと。何か事情があるのだと信じて疑わなかった。幾つもの状況証拠を見逃した。守ってやれなくてすまなかった」
「私は守られました。貴方のそれは、生きている者に掛けるべき言葉ではありません。⋯⋯冨岡さん」
火憐は堪らず彼の胸に寄り掛かった。
「悲しいのに、涙が出ないのは何故でしょう? 私は⋯⋯思い違いをしていました。両親には、愛されていると思っていました。でも違った。母は私の命よりも、この家の人間を守る事を優先した。私や父の命を犠牲にする覚悟で」
「宇那手。一つ誤解がある」
冨岡は火憐の頭に手を置いて、身体を抱き寄せた。
「お前の母親は、お前と同じくらい賢かった。藤の紋の家督を継いでいたのは、お前の母親の方だった。後から調べて分かった事だ。産屋敷家から金銭を受け取っていたのも、お前の母親だ。この屋敷は目眩しに過ぎない。お前の母親は、藤の紋の家の当主として、当然の⋯⋯止むに止まれぬ選択をした。この屋敷の⋯⋯カタギの人間の命を守る選択だ。責めるべきは⋯⋯母親が亡くなった後も、平然と産屋敷家からの支援を受けていた、この屋敷の人間だ。お館様は、敢えて放置し、お前に裁く権利を与えた」
「どうして今なんですか? 私は⋯⋯もう心が一杯で、壊れてしまいそうなのに」
「⋯⋯何時かお前が話してくれた」
冨岡は火憐をきつく抱きしめた。
「毒を喰らった隊士の治療をした時、腫れ上がった患部を見て、お前は針を刺し、膿を出さなければ、根本的な治療にならないと言った。お前の心は、今同じ様な状態にあると思う。泣け。心を開け。声を上げて、思った事を口にしてみろ」
「酷い⋯⋯。酷い!! 苦しい!! もう嫌!! 死んでしまいたい!!」
火憐は頭を抱えて、冨岡の腕をすり抜け、しゃがみ込むと、えずいた。惨めに蹲る彼女を見て、冨岡は顔を顰めた。今、彼女は心を失う瀬戸際にいた。叱咤は追い詰める事になる。優しい言葉を掛けたかったが、思い浮かばなかった。火憐は、慟哭した。