第57章 家族の絆
(お母さん⋯⋯貴女は勇敢でした。でも、私を愛してくれなかった。愛していたとしても、一番では無かった。叔母さんの家族を優先した⋯⋯)
「そうでしたか。今後の戦いの参考にします。藤の紋の人間でも、鬼に屈し、隊士の保護を投げ出す危険があると。家紋の剥奪についての進言もしましょう。失礼」
火憐は立ち上がり、髪を背中に流した。
「私はわけあって身を隠さねばなりません。此処にいては危険と判断しました。あなた方も」
彼女は遠くから聞こえる子供の声に耳を傾けた。あの子供達には、何の罪も無いのだ。守らなければならない。
その時だ。鴉が火憐の肩に舞い降りた。首に何かを巻いている。産屋敷の遣いである事は分かった。
手紙には、この藤の紋の家の処遇について、火憐に判断を委ねる旨が綴られていた。
(なるほど。私がその気になれば、この人たちの生活を根こそぎ奪い取る事も出来る。⋯⋯でも)
「お館様から指示を受けました。処遇は、私の裁量に任せると」
「それは⋯⋯」
華は顔色を失った。火憐は、笑みを浮かべた。
「この家は、最早隊士の拠点として機能していません。家紋の剥奪をいたします。ですが、当代最も優秀な柱を輩出した家系でもあります。最低限の支援は受けられる様に、手配します。⋯⋯その様に伝えて」
鴉は火憐の言葉を聞いて、飛び去った。
「さようなら。もう、私が此処にいる理由はありませんので」
彼女は返答を待たずに部屋を飛び出した。泣きたくなったが、泣けなかった。保身の為に、火憐の家族を犠牲にした者たちに、弱味は見せたく無かったから。
しかし、屋敷の門まで来て、視界が滲んだ。
「どうして⋯⋯貴方が此処に?」
「伊黒と稽古を付けに行く途中だ。お前が此処に立ち寄ると聞いて、怒りが抑えられなかった」
冨岡は、静かに佇んでいた。感情に揺らぎがない。何処までも続く海の様な深さを持ちながら、波一つ立てずに佇んでいた。火憐は、何時もその中に飛び込んでしまいたくなる。
「貴方は何も悪くありません」
彼女は必死に感情を殺して、真っ先に伝えた。
「貴方の判断は正しかった」