第57章 家族の絆
「貴女達の元へ、柱が行きませんでしたか?」
「⋯⋯男性が⋯⋯。水柱の方です。日付が変わる頃でしょうか。屋敷の様子を見て、町の宿まで訪ねて来ました。事情をお話ししたところ、すぐに山へ⋯⋯」
華は声を詰まらせながら、答えた。火憐は息苦しくなり、顔を顰めた。「間に合わなかった」と言った、冨岡の言葉の重味が大きく変わったのだ。
もし、彼が気配を辿る事を優先していれば、火憐の両親は助かった可能性がある。彼は判断を誤ったのだ。いや、間違っていると分かりながらも、優先度の高い、本家の人間の行方を探った。柱として。
「⋯⋯私を救った柱は⋯⋯悔やんでいます。苦しんでいます。間に合わなかった⋯⋯と」
火憐は、畳に爪を立てた。何のために、産屋敷が自分をこの屋敷に運んだのか、本気で理解出来なかった。
血の繋がりについてなら、産屋敷自身が語れば良い話だ。それで火憐は救われただろう。
「今の私が、同じ状況に居合わせたら⋯⋯」
火憐は、自身の洞察力を鑑みて、余計に傷付いた。藤の枝を切った跡があり、焼却の残骸があれば、屋敷の人間は逃げたと判断して、山へ向かったはず。恐らく、冨岡もその可能性に気が付いている。
(そうか⋯⋯だから⋯⋯あの人は私を覚えていたんだ⋯⋯)
隊士になる以前に、鬼と一晩交戦して生き残った柱は他にもいる。不死川や、時透がそうだ。とくに時透は、まだ子供で、襲われた当時は、火憐とそれほど腕力に差が無かったはず。
(あの人が⋯⋯唯一判断を誤った戦いだったんだ⋯⋯。だとしたら⋯⋯)
火憐の存在そのものが、冨岡の古傷を抉る材料になっている。
最後に目にした、彼の顔を思い返し、火憐は唇を強く噛んだ。慰めを必要としていた人間を、最も深い傷を負わせる事の出来る自分が、突き放したのだ。
「宇那手」
「気安く呼ばないでください」
火憐は、冷たい視線を華に向けた。何もかもを失った気分だった。
母も、危険を承知で姉の家族を逃す道を選んだ。父と宇那手を犠牲にして。父はその事を知っていたのだろうか?