第56章 さようなら
「もうやめて!」
火憐は顔を覆って涙ぐんだ。
「やめてよ、冨岡さん! 恥ずかしくて死にそうです!」
「事実だ。お前より尊い存在などいない。だから他の奴がお前を好いても不思議では無いが、許せない。先に好意を伝えて来たのはお前だ。だから、俺から離れるな。俺を選べ」
「馬鹿!! 嫌い!!」
そう言いつつ、火憐は冨岡に抱き付いた。
「二人の時だって、そんなに話さないのに⋯⋯どうして?!」
「お前を取られたら不愉快だ。すまない。だが、当分会えないと思うと、今言葉にして伝えたかった。愛している」
「ぶ」
宇髄は腹を抱えて笑い出してしまった。甘露時はひたすらときめきに胸を躍らせていた。
「なんて尊いの! 師範と弟子の恋!! ああ! 私もこんな風に愛してるって言われたいわ!! ねえ、宇那手ちゃん、仕返ししちゃいなさいよ! 冨岡さんの何処が好きなの」
「顔です」
「顔?!」
宇髄は素で驚いた。確かに冨岡は地味だが、それなりに整った顔をしている。しかし、火憐がそんな理由で冨岡を選んだとは思えなかった。
「静かで、それでいて時折見せる鋭い目付きが好きです。日輪刀の様に、深い青色の目も。余計な詮索はせず、私に簪を贈ってくださり⋯⋯優しくて⋯⋯辛い時には抱きしめてくださる。絶対に嘘を吐かない。冨岡さんの言葉は全て事実。だから、傍にいて安心出来る。決して揺らがない、静かな気配が、私を落ち着かせてくれる。判断を誤らない。私を叱ってくれる。毎日毎日鍛錬を積んでいるのに、苦しさを顔に出さない。何より私に触れてくださる手が、とても優しくて⋯⋯普段は冷静なのに、獣の様な本性を向けられると、身体が熱くなります」
「や⋯⋯めろ⋯⋯」
冨岡は死にそうな顔で火憐の手首を掴んだ。追い討ちを掛ける様に、宇髄が天井を仰いだ。
「そうか! 冨岡はがっつくタイプか! お前、他に経験があったんじゃ──」
「無い!」
冨岡は火憐に向けて言った。
「お前が初めてだ。だから、どうして良いか分からなかった。苦痛を与えたのならすまない」