第56章 さようなら
「はい」
火憐は改めて柱の面々に頭を下げた。
「ご心配をお掛けしました。私は煉獄さんの跡を継いだ者として、心を鍛え直します。決して折れない心を持ちます」
「折れても構わない」
冨岡の発した意外な言葉に、全員が注目した。
「骨は折れても、また繋がるだろう。何度折れても、お前を責めないが、折れる前と同じ状態には戻れぬと思え。痕が残る。お前がすべき事は、心を強くする事ではなく、致命傷を避ける事だ。もっと己を大切にしろ。今度馬鹿な真似をすれば、手足の骨を折り、お前を屋敷に幽閉する。一生俺の介護を受けて生きたくなければ、身の振り方を考えろ」
「うわぁ⋯⋯」
胡蝶は重過ぎる愛情表現に、思い切り引いた。宇髄と悲鳴嶼は必死に笑いを堪えていた。甘露時に至っては声を上げて笑っていた。
冨岡はムッとした表情で言葉を続ける。
「冗談では無い。本気だ。やはり腕は残すべきか? お前の作った食事以外、喰う気が起きない」
「あははは」
遂に胡蝶も声を上げて笑ってしまった。こんなに豪快に笑うのは久し振りの事だった。
「冨岡さんが⋯⋯冨岡さんが!! こんなに火憐さんを愛していたなんて⋯⋯。冨岡さんが恋愛っ⋯⋯」
「おかしいのは、重々承知だ。俺には、人を愛する資格が無い。俺だって、あれだけしつこく付き纏われなければ、こいつと親しくなるつもりは無かった。だが、一度愛おしいと思った瞬間、坂道を転げ落ちるように、こいつを追うようになっていた」
「真顔で言うのは止めてください! 面白すぎて⋯⋯お腹が痛い!」
「ぷっ」
悲鳴嶼が吹き出したのをきっかけに、宇髄も辛抱ならず、額に手を当てて笑い出した。
「冨岡、お前普段からそのくらい喋っとけや!」
「宇那手の事なら幾らでも話せるが、俺自身は面白味の無い人間だ。宇那手の作る鮭大根より上手い物を食べた事が無い。慣れない洋食とやらも、宇那手の作った物なら食べられた。決して浪費せず、柱という立場にありながら奢らず、常に己を鍛えている。その癖髪の手入れに力を入れており、何時触れてもしなやかだ。歌や楽器も上手い。教養が高く、好奇心もあり、俺よりもずっと頭の回転が早い。言葉も沢山知っている。俺に無いものを全て持って──」