第56章 さようなら
「お前、からかうのも大概にしろ」
宇髄は火憐の鼻を摘んだ。
「やめろ、宇髄」
冨岡が不快そうに宇髄の手を払い除けた。
「こいつは、俺のだ。触るな」
一瞬にして空気が凍りついた。冨岡の表情は真剣だった。
「己の嫁が大切なら、人の嫁に手を出すな」
「嫁つったって、まだ、祝言も──」
「やめろ!!!」
冨岡は珍しく声を荒げて怒鳴った。事情を察した火憐は、必死に彼の首に抱き付いた。
「大丈夫。大丈夫です。落ち着いてください」
冨岡は祝言間近の姉を亡くしている。
「もう危険な真似はしませんから。私の行動が、貴方の精神にも影響を与えている⋯⋯。大丈夫ですよ。だから安心してください。⋯⋯宇髄さん」
火憐は困った表情を宇髄に向けた。
「冨岡さんの事はご存知ですよね?」
「知らねえ」
「え?」
「そいつはお前が来る前、今以上に口数が少なかった。過去に何があったかなんざ、誰も知らねえ。だが、死に物狂いで鬼を殺して来た柱なら、傷の一つや二つ抱えてるもんだ。何が禁句だったんだ?」
「冨岡さん、話しても?」
#火憐#が確認を取ると、彼は火憐を抱き寄せる腕に力を込めた。
「冨岡さん⋯⋯痛い! 骨が⋯⋯」
「冨岡さん!」
甘露寺が慌てて腕を掴んだ。火憐は宇髄に向き直った。
「冨岡さんは、祝言前日にお姉様を鬼に殺されているんです。だからきっと⋯⋯」
「祝言は、俺にとって呪いの言葉だ。だから、こいつと真に結ばれるのは、鬼舞辻を殺してからだ。だが、こいつはもう俺の物だ。鬼よりも早く、俺の物にした。二度と手を出すな」
冨岡は火憐の首に顔を埋めた。どちらが年上か分かった物ではない。
「冨岡さん、そういう説明を省くから、みんなに誤解されて、嫌われるんですよ」
胡蝶は苦笑混じりに言い、火憐と冨岡を引き離した。
「さあ、火憐さん。隊服も乾きましたし、着替えて食事を済ませたら、出掛けましょうか」