第55章 心の蓋
「止めてくださいね。火憐さんの願いを叶えてあげてください。冨岡さんの子供が欲しいって⋯⋯火憐さんが言ったんですか?」
胡蝶はほんの少し微笑んだ。対して冨岡は俯いて表情を隠した。
「こいつは何時も人の事ばかり考えている。自分が先に死ぬから、俺を一人しない様にと⋯⋯」
「素敵⋯⋯」
甘露寺は胸をときめかせた。
「私、応援します。人の恋路を邪魔する奴は許さないんだから! 絶対に、その意地悪な鬼の首を斬ります」
「何と言うべきか⋯⋯」
悲鳴嶼は、必死に言葉を探したが、何も思い浮かばなかった。
冨岡は溜息を吐いた。
「こいつに恐怖心が残っていて良かったと言うべきだろうか。もう二度と、あんな真似はさせたくない」
「心が死んでいなくて、良かったんですよ。⋯⋯私はあまね様に報告をして参ります。皆さん、出来れば傍にいて差し上げてください。言葉通り朝まで。きっと安心すると思いますから」
胡蝶は疲れた様子で部屋を後にした。縁側では、火憐の弟子が口を押さえて蹲っており、介助を受けていた。
(姉さん⋯⋯どうして不幸は、津波の様に、一人の人間を飲み込むのでしょうか? どうして苦しみを、等分に分かち合う事が出来ないのでしょうか?)
誰も、火憐に同情、共感出来る人間がいなかった。世界中探し回っても、あれだけ悲惨な目に遭わされた人間はいないだろう。しかし、寄り添う事を諦めてしまえば、彼女は確実に壊れてしまう。
柱の面々が、もっと強くなる必要があった。