第55章 心の蓋
「もう喋らなくて結構です」
胡蝶は冨岡ごと火憐を抱きしめた。単純に身内を鬼に殺されるよりも、残酷な仕打ちを受けたのだ。
甘露寺は話を聞いただけでガクガク震えていたし、火憐の弟子達も身動き一つ出来ずにいた。
「お館様にお伝えします。今の貴女は、心が病に冒されている。放っておけば死んでしまうでしょう。⋯⋯姉は肺の殆どが壊死していた。苦しんで、苦しんで死にました。あの鬼は狂っている。他の鬼の様に、同情すべき点がまるで無い。一先ず、今晩は私たちが傍にいます。柱が三人と、宇髄さんが、貴女の傍にいます。貴女は絶対に安全です。冨岡さんの腕の中で眠ってください。また魘される様でしたら、薬を打ちます」
胡蝶は一気に言うと、自分は身を引いた。
「貴女の苦しみは、取り除くべき物で、人に話した結果、ようやく蓋が外れて溢れて来たのです。辛いとは思いますが、なんとか乗り越えて欲しい」
「胡蝶さん⋯⋯。薬⋯⋯薬をください」
火憐は、弱々しい声で強請った。
「夢も見ずに眠りたい。今日くらいは⋯⋯。当分冨岡さんには会えません。この人の腕の中で、穏やかに眠りたいんです」
「薬は、使えば使うだけ、効き辛くなります。ですが、今の貴女には使うべき⋯⋯。もっと早く使うべきでした」
胡蝶は火憐に背を向けて、袖から針と注射器のセットを取り出した。薬を煎じている間、彼女が泣いていた事に、甘露時だけが気付いていた。
「火憐、お前、良くあの三人組を守りきったな」
宇髄が、遊郭での戦い後、初めて称賛の言葉を口にした。
「ずっと独りで、鬼の影に付き纏われながら、最後まで戦った。俺や嫁よりも、遥かに強い。帯で拘束された嫁でも、夜中に泣き叫んで目を覚ましている」
「冨岡さんが⋯⋯許してくれたから⋯⋯。こんなに汚れて、醜い私を、許して抱きしめてくれるから⋯⋯。勘違いしてしまったんです。生きていても良いと」
「勘違いじゃない」
冨岡は強く否定した。
「お前はこの先、誰よりも長生きしろ。俺の子供が欲しいんだろう?」