第54章 仮初の光
火憐には、血塗れの手に相応しくない程、上等の着物が用意されていた。胡蝶の手を借り、全身を綺麗にした後、彼女はかなり苦労してそれを纏った。
三年前までは、着物が普段着だったというのに、窮屈さと、動きにくさに、思わず溜息が溢れた。
「本当に大丈夫なんですね?」
胡蝶は数十回目の確認をした。火憐は頷き、縁側に向かった。産屋敷家一同と、冨岡、甘露時、宇髄、悲鳴嶼が集まっていた。
「茶々丸」
火憐が呼び掛けると、暗がりから猫が現れた。昼間の薬の運搬のせいか、額の札が無くなっている。火憐は、愈史郎に渡された物を、一枚貼り付けた。
そして、先ずは悲鳴嶼の元へ行き、彼の額にも同じ様に札を貼り付けた。
「これは、なんと!!」
先天的に視力の無かった彼は、突然の出来事に悲鳴を上げた。
火憐は次に、産屋敷に歩み寄り、額に札を貼った。
次の瞬間、茶々丸の目を通して、産屋敷の目に、二度と映るはずのなかった光景が浮かび上がった。満天の星空、そして月。成長した子供達の姿。
「宇那手⋯⋯宇那手は何処に?」
「すぐ隣におります」
産屋敷は、火憐の姿を目にし、涙を堪えられなくなった。凛とした声、行動、思考から、宇髄の嫁の様に凛々しい女性だと思い込んでいた。
しかし、実際には、胡蝶カナエに似た優しい目元に、嫋やかな表情を浮かべていた。元々小柄だとは分かっていたが、カナエよりも少し小さく、痩せている。
着物を着ており、良家の娘と言われても信じてしまいそうな美貌を併せ持っていた。それだけに、首に巻かれた血の滲んだ包帯と、傷だらけの左腕が痛々しく見えた。