第9章 「愛している」
「何が言いたい?」
冨岡は声を落とした。宇那手がこれだけまわりくどく、慎重に話すからには、相当の事情があると察した。
宇那手は木箱を開けた。血に塗れた端切れが収められていた。
「鬼舞辻の血液が付着しています。母が鬼化した直後、肩の付近を負傷していたので剥ぎ取りました」
彼女はすぐに箱を閉じ、仕舞い込んだ。
「お館様の言っていた、珠世様という方が気になり、炭次郎様にお訊ねした所、人に紛れて暮らす、鬼舞辻と敵対する鬼の医者と伺いました」
「あいつと話したのか」
「⋯⋯気乗りはしませんでしたが、必要を感じたので。同室にいた他の二人も、信用出来る人間と判断しました。珠世様は、鬼化した人間を元に戻すために、鬼の血液を調べている、と。特に鬼舞辻に近い鬼の血が必要だと言っていました。私が所持している物は、年月が経っていますが、鬼舞辻本人の物です。奴にとって致命的な遺物を、満身創痍の炭次郎様には、とてもお渡し出来ませんでした。これを如何すべきか、悩んでいます。お館様に直接お渡しするべきか⋯⋯」
「それを三年間も独りで抱えていたのか」
冨岡は愕然とした。強がってはいるが、宇那手本来の性格を考えると、途轍も無く恐ろしい思いをしていたはずだ。鬼舞辻本人が、痕跡を消そうと追い掛けて来てもおかしくない状況を、独りで隠し続けていた。
宇那手は、もう泣き顔は見せず、決然とした表情で冨岡を見上げた。
「私はこの痕跡を無駄にはしたくありません。私は、お館様に拝謁する資格がありますでしょうか? 出来ればあの方の意向を伺いたいのです。師範はどの様にお考えですか?」
「お館様は、喜んでお前に会うだろう。直接話した上で決めろ。だが、俺個人としては、炭次郎に預けるべきだと思う」
冨岡の判断は、宇那手にとって意外な物だった。
「彼に?」
「珠世という鬼と協力関係にあるのなら、炭次郎は連絡手段を持っている筈だ。そもそも、鬼舞辻は、炭次郎に対して追っ手を放っている。危険の度合いは変わらない。だが、お館様にも、何か考えがあるやも知れん」