第9章 「愛している」
冨岡は、泣き止んだ宇那手の手を引いて、ずんずん山を降りた。常人なら疲れ果ててしゃがみ込んでいるところだが、宇那手は呼吸を乱すことなく着いて行く事が出来た。
街の近くまで来た所で、冨岡は急に足を止めた。手に震えを感じたのだ。
「どうした?」
振り返ると、宇那手が俯いていた。
「⋯⋯少し、警戒していただけです。鬼舞辻無惨は、人に紛れて生活しているのですよね」
「鬼の気配は無い。⋯⋯町中で俺を師範と呼ぶな。鬼舞辻は無差別に人を襲っているわけではない。もしヤツがそうしたければ、町中鬼だらけになっているだろう。柱の俺は執拗に狙われる可能性がある。だが、継子であることが分からなければ、お前を深追いはしない筈だ。倒せないと判断したら、俺はお前を逃──」
「師範!!!!」
宇那手は、腹の底から大声を出して叫んだ。彼女は子供っぽく、顔を赤らめて身を乗り出した。
「師範のお側を離れません!! 庇っていただかなくて、結構です!! 私が貴方を守ります!!」
「馬鹿なのか、お前──」
「師範!! 家の外では、何処でも師範です!! 私が泣いた事、弱気になった事は、全て忘れてください!! 私は戦えます!! 貴方の剣です!! 優秀な継子です!! 命を懸けて、貴方を守ります!!」
「分かった。一旦落ち着け」
普段冷静な宇那手が取り乱している分、冨岡は落ち着いていられた。
「時代が変わった。町中で帯刀しているだけでも人目を引く。ましてや、大して歳の離れていない俺が、師範と呼ばれるのも不自然だ」
「では、なんとお呼びすれば良いですか?」
「好きにしろ。俺はお前に合わせる」
「承知いたしました」
宇那手は、ようやく呼吸を整え、一瞬目を閉じた後、冨岡の手を掴んだ。
「お館様の読みが正しければ、鬼舞辻はこの近辺にいないのですよね? 鬼の気配もありません。お話しておきたい事があります」
彼女は羽織の裏から、小さな木箱を取り出した。藤の香りがする。
「もっと早くお伝えするべきだったのですが、任務中は常に警戒が必要で、お屋敷を頂いてからも時間が経過してしまいましたので、場所を認知されている可能性を考慮しました。加えて私は柱合会議に参列する資格がありませんでしたので」