第53章 真の目的
まだ五感の発達していない隊士でも分かるほどの緊張感が辺りに漂った。
「ある鬼の話しをしましょう」
火憐は、一切隙を見せずに口を開いた。
「その方は、病により、余命幾ばくも無く、子供の成長を見守りたい一心で鬼になった。ところが、その子供と夫を喰い殺してしまい、ようやく理性を取り戻した頃には、人間からも爪弾きにされ、完全に鬼に与する事も出来ず、何百年も苦しみ続けました。貴方が鬼になり、力を得たとして、その先に何を期待するのですか? 鬼舞辻や上弦の鬼がどんな言葉を囁いたか知りませんが、鬼となった者は例外なく呪いを掛けられ、鬼舞辻の意に反する行動を取れば、どれだけ離れた場所にいようが、一瞬で殺されます。鬼の身体能力を、持ち逃げ出来るとは考えないでいただきたい。佐伯さん、私は貴方が鬼になったら、容赦なく首を撥ねます。貴方が恭順を示そうと、鬼舞辻の呪いを解除できない限り、殺すより他にありません」
「違う⋯⋯違うんだ! 俺はただ⋯⋯強くなって⋯⋯それで⋯⋯守りたかっただけなんだ!! でも、人間のままじゃ──」
「ふざけんな!!!」
桜里は声を振り絞って怒鳴った。彼女は火憐の言い付けを破り、佐伯に詰め寄った。
「そりゃ、化け物になりゃお手軽だよな?! 人を喰えば強くなれるよな?! あんた、私らを喰うつもりだったのか?! 自分さえ強くなれば、それで良かったのか?!」
「俺が殺す」
冨岡が刀を抜いた。
「動くな!!」
火憐は、声を振り絞って叫んだ。
「鬼殺隊士が人を殺してはいけません。殺すなら、鬼になってから。そして、もし弟子が鬼になれば、私も責任を取らねばなりません。幸いこの方は、まだ鬼に与していない。鬼に、何一つ有用な事は喋っていないのです! だから私は取引を成立させられた! 決めてください、佐伯さん」