第52章 怒り
産屋敷は一息吐き、冨岡の頭に手を置いた。
「辛かったね、義勇。ありがとう」
「いえ⋯⋯」
「すまないが、夜まで休ませておくれ。宇那手が、私たち家族に話があると言っている」
「失礼致します」
冨岡は、一礼して部屋を去った。あまねは、困った様子で、その場に留まった。
「宇那手さんに、どう伝えましょうか? 傷を抉ることになります。正気を保っている事が不思議なくらいです」
「⋯⋯私は、宇那手の心が壊れてしまっている様に感じた。恐怖の感情が欠落している。元には戻らないかもしれない」
産屋敷は顔を手で覆った。
「ただ、休息を取る様に伝えておくれ」
「承知いたしました。⋯⋯ 耀哉様」
あまねは、ずっと胸につかえていた思いを言葉にした。
「私では、お力になれませんでしょうか? 戦う事も出来ない、無力な人間であるとは、承知しています。私は覚悟を持って、嫁いだつもりでおりました。ですが、宇那手さんの方が、余程強い心を持っていました。本当は、側にいて欲しいのでは? あの子と共に──」
「宇那手には、生きて欲しい。あの子には、私と過去ではなく、輝利哉と未来を託した。そしてお前には⋯⋯」
産屋敷は手元を見詰めた。
「独りで死ぬとは言えない、弱い私を許して欲しい。私はお前と生きて死ぬ。ごめんね、あまね」
「⋯⋯」
あまねは、産屋敷に悟られぬ様、声を出さずに泣いた。
「お父上、もう、横になってください」
輝利哉が代わりに、父親を寝かせた。
「宇那手の事は、私が守ります。あの方は、私を抱きしめてくださった。私には力があると、言ってくださった。大切な人です」
「⋯⋯そういえば、お前が義勇に命令を出したんだったね」
産屋敷は、優しく息子の頭を撫でた。輝利哉が、父親の指示を仰がず、自ら行動したのは初めてのことだった。
「ありがとう。宇那手を連れ戻してくれて。放って置いたら、あの子は死んでいたかもしれない」
鴉の報告によると、火憐は半刻以上人通りの無い裏道に倒れていたらしい。
産屋敷は、眠気を覚えて目を閉じた。体力が落ちている。