第8章 三年目の涙
「宇那手、一つ聞きたい」
「⋯⋯なんでしょうか」
「お前は鬼舞辻無惨が⋯⋯絶対的な力を持つ鬼の頭が、お前を配下にすると言ったら、血を受け入れるか? 庇護の対象とすると言われれば、従うか?」
「死んでも嫌です!!」
宇那手は即答した。
「誰があんな奴の下に!!」
「やはりお前は正しい」
冨岡は微笑み、宇那手を抱き寄せた。彼は今日一日で一生分の会話と笑みを使い切った気分でいた。
「お前は弱くないが、傍にいる間は守ってやる。だから、泣き止め。柱としての重責も、何も背負わなくて良い。ただ、泣き止め」
「⋯⋯はい」
宇那手はなんとか返事をした。
────
「⋯⋯冨岡さん、案外面倒見が良いのですね」
垣根から様子を伺っていたアオイは、安堵と共に呟いた。
胡蝶は、言葉に詰まっていた。自分にも、かつて、ああやって、涙や苦しみを受け止めてくれる存在がいた。
受け止めて貰っていた分、受け止めて行かねばならないと思った。
「あの子は私では救えませんね。冨岡さんとの間に、強い絆がある。⋯⋯宇那手さんの気質なら、一日でも早く毒について学びたいと言う気がしましたが⋯⋯やはり禰豆子さんの存在が、行動に歯止めを掛けていた。深く傷付いたでしょう。でも、そうなると分かって、彼女は冨岡さんのために薬を取りに来ました」
胡蝶は、感覚を研ぎ澄ました。カナヲが独りで鍛錬をしている様子が伝わって来た。
「私も、師範の役目を果たさなければなりませんね。あの三人組の治療はアオイに任せます」
「分かりました! でも、あの妙な髪色の子、全然言うことをきかないんです! 薬も飲まないし、あんなんで良く生き残れましたね!!」
そう言いつつも、アオイ自身苦しそうに顔を歪ませていた。彼女は戦意喪失者だ。本当は鬼と戦った隊士に厳しい言葉を掛ける資格が無いと自覚している。情けなくとも、喧しくとも、我妻善逸という少年は、十二鬼月に準ずる鬼を殺しているのだ。
蝶屋敷の面々を抱える胡蝶も、自身の重責を改めて思い知らされた。