第52章 怒り
朝になると、火憐は冨岡を叩き起こし、一番に宿を出た。何か閃いた時の彼女の瞳には、凶悪な程の光が宿っている。まるで人の血肉を前にした鬼の様だ。
「宇那手、心を鎮めろ」
「暴走しているわけでは無いので、大丈夫ですよ」
継子の時とは違い、彼女は自分の意見をはっきり口にした。
「炎の呼吸は、心を燃やす事で強化できるんです。勿論、鎮める事も出来ますが」
実際、火憐はあっという間に、波一つない水面の様に静かな気配を纏った。
「水炎の呼吸は少し複雑ですね。水の様に柔軟かつ、炎の様なうねりや激しさが必要。でも併せれば」
彼女は足の神経に集中し、一気に加速した。冨岡は、最早執念で彼女に着いて行った。まだまだ修行が足りていない事を、実感させられた。
昼前には、産屋敷邸の前に辿り着き、隠が正確な場所へ案内をしてくれた。
火憐は真っ先に産屋敷の元へ向かった。
「宇那手、無事に戻って来てくれて良かった」
「お館様。お身体の調子は?」
「今日は具合が良いんだ。心配いらないよ。報告を聞こうか」
彼は身体を起こして微笑んだ。
火憐は、上弦の鬼達の集会に呼ばれた事、珠世達に与えた情報を伝え、痣についての見解も話した。
「君の読みは当たっていた。鬼舞辻は、やはり刀鍛冶職人を狙うのだね。蜜璃と⋯⋯任務から戻り次第、無一郎を使わせよう」
「私も行きます。実は炭次郎が刀を刃こぼれさせてしまい、担当鍛冶職人が怒り心頭で、もう打たないと言っていて⋯⋯。幸い、私と担当者が同じですので、何とか説得出来るかと。それに、上弦二体に、柱二名では、少し苦戦するかと思います」
「宇那手⋯⋯。いや、何でも無い。分かった。君の判断は何時も正しい。任せるよ」
「はい。それから、もう一つ、お願いが御座います。今晩体調が良い様でしたら、縁側にご家族皆様で集まっていただけないでしょうか? 私が、戦う、治療を施す以外に、唯一出来ることが御座います」
「分かった。今のうちに休んでおくよ。⋯⋯義勇。何か話があるのかな?」
「はい」
冨岡は頭を下げた。中々語り出さない彼の心中を察したのか、産屋敷は火憐に顔を向けた。