第50章 珠世と愈史郎
部屋が静まり返った途端、冨岡は火憐を押し倒した。
「何故黙っていた」
「何を、ですか?」
「お前の身体が壊れていた事だ。俺は知らずにお前を──」
「冨岡さんのは、丁度気持ちの良いところに当たっていましたよ」
火憐は真顔で腹部に手を当てた。
「童磨は、子宮口を突き破って、小腸まで圧迫して来ました。流石に泣き叫んで止めろと言い、何度か吐きましたが、朝まで離してくれなかった。って話を聞きたかったですか?」
冨岡は血色を失い、口を手で覆っていた。
「更に言えば、逃げようとする度に髪を掴まれ、気を失う寸前まで首を絞められました。全身の関節を外された時が、一番恐ろしかったですね。次は一箇所ずつ折ると脅されました」
「宇那手⋯⋯それを⋯⋯お館様は⋯⋯」
「知るわけがありません。誰にも話していません。胡蝶様はある程度察してしまったかと思いますが。殺された方が楽でした。正気を保つために、常に身体の一箇所には激痛が奔る様に、童磨の行動を制御していました。敢えて逆らい、殴られる様に仕向けたり」
「宇那手」
冨岡は堪らず火憐に抱き付いた。何故それほどの仕打ちを受けて、鬼を許せるのか理解出来なかった。
火憐は冨岡の背に手を回し、宥めるように撫でると、身体を離した。
「荷物の整理をしてから眠りますね。いただいたお薬も、一応分解してみないといけませんし、昼間に買い付けた物もありますから」
彼女は部屋の隅に置かれていた、荷物袋へ向かった。そして、ようやく万屋で買った財布の存在を思い出した。一通り薬を整理してから、彼女は振り返った。
「冨岡さん、貴方にお渡ししたい物があります」
「遺書ではあるまいな?」
「遺書なら、他の隊士と同じ様に産屋敷家に預けています。貴方宛の物は特に長いので、気が向いたら読んでください。そうではなく、その⋯⋯貴方に何か贈り物をしたくて」
火憐は冨岡に歩み寄り、包みを差し出した。
「私、貴方が好きな物を、知りませんでした。今はお料理が出来ませんし⋯⋯。貴方が何色を好きで、本来ならどんな服装を好むのかすら分からなかった⋯⋯。でも、何時もいただいてばかりだったので、何かお礼がしたくて⋯⋯」