第50章 珠世と愈史郎
「愈史郎」
珠世は凄みのある声で制した。火憐は、くすくすと笑った。
「問題ありませんよ。今は全て私がやっていますし、鬼舞辻を殺したら、家事を覚えていただきます。それよりも、愈史郎さん。一つお願いをしても良いですか?」
「なんだ」
「お館様は、もう視力を失っています。成長した我が子の顔も見る事が出来ないのです。ほんの数分で構いません。視力を借りる事は出来ませんか?」
「分かった。さっきの札を使え。炭次郎はしばらく動けないだろう? 茶々丸⋯⋯猫をお前の側に置く。気配はただの猫だから、怪しまれないはずだ。茶々丸の額に札を貼るから、そいつの目を借りろ」
「ありがとうございます」
火憐は丁寧に礼を言い、用意された布団へ向かった。そして、改めて珠世と愈史郎に向き直り、真剣な面持ちになった。
「逃げ切れますか? 今のところ鬼の気配はありませんが⋯⋯。私は完全に気配を消せますので、お二人に姿を隠していただいた上で、護衛出来ます」
「心配ありません。私は四百年、逃げ続けて来たのですから。それに、私や愈史郎を、遠くから呪いで殺す事は出来ません。あの臆病者が、自ら私たちの前に姿を表すとは思えませんので。宇那手さんは、どうか休んでください」
珠世はそう答えて立ち上がった。愈史郎もそれに従った。
「目眩しの札は、朝までそのままにしておくぞ。日光を浴びれば崩れて無くなる」
彼は火憐に目を向けた。
「余計な怪我をするなよ。お前は人間なんだから、簡単には治らない。柱なんだから、そこにいる役立たずを盾にしてでも生き残れ」
「冨岡さんも柱なのですよ?」
「は?! 嘘だろ?! 布団も敷けない男が?!」
「愈史郎。行きますよ」
珠世は、彼の耳を引っ張った。そして、火憐に目を向け、頭を下げた。
「お話出来て良かった。宇那手さん、またお会いしましょう」
「はい」
火憐は、感じ良く答えて二人を見送った。