第50章 珠世と愈史郎
「⋯⋯分かりました。身体の修復はします。ですが、生殖機能を失っている事は、戦う上でも都合が良いので、薬を飲むのは鬼舞辻を殺してからにします。必ず、お館様が生きている内に殺します。生きている間だけでも、人並みの幸せが欲しいので」
火憐は淡く微笑み、目を閉じた。意識を集中していると、何処がどう壊れているのか良く分かる。自分でも、生きているのが不思議に思えるくらいだった。
傷を塞ぐのには、痛みを伴った。彼女が前屈みになるのを、愈史郎は必死に支えた。
「大丈夫か」
「⋯⋯」
火憐は、数秒の後、額に汗をかいて身体を起こした。
「なんとか⋯⋯戻ったはず⋯⋯です」
「もう横になれ! おい、そこのお前! 布団を敷け!」
愈史郎は冨岡に命令した。珠世は、愈史郎が他人に好意的に接するのを初めて見たので、驚いた。
彼は病気故に、両親からも命を諦められ、珠世に託され、元々人間を好いてはいなかったのだ。彼を助けられたのも、人間では無く、鬼だけだったのだ。
「愈史郎、お前もその方が気に入ったのですか?」
珠世が訊ねると、彼は微かに目を伏せた。
「こいつは、女だし、貴女を傷付ける真似はしません。何処ぞの奴と違って、頭も悪くないし、強い」
「ごめんなさいね、宇那手さん。口は悪いですが、愈史郎なりの、最大の褒め言葉なのですよ」
「分かっています。愈史郎さんは、最初から優しい方でしたから」
火憐は弱々しく答えた。愈史郎は冨岡に目を向けて、怒りを爆発させた。
「お前は、布団も満足に敷けないのか?! これまでどうやって生きて来た?!」
「だったら手伝え。首を斬るぞ」
冨岡は鬼の様な形相で凄んだ。愈史郎も負けてはいなかった。彼は火憐を珠世に託すと、嫌味を言い返した。
「鬼殺なんかやってるから、常識がなってないんだ。鬼舞辻を殺した後、どうやって生きて行くつもりだ? 嫁でも娶って、全部押し付けるつもりだろう?」