第8章 三年目の涙
「冨岡さん⋯⋯せめて⋯⋯貴方にお詫びをしないと⋯⋯」
「詫びの必要を認めん」
冨岡は厳しい口調とは裏腹に、泣きじゃくる宇那手の頭を不器用に撫でた。
「もしどうしても詫びたいと言うのなら、生きて傍にいろ。お前は⋯⋯家族だ。俺にまた家族を失えと言うのか。自分を罰したり、責めることも禁ずる。⋯⋯毒を食らう必要も無い」
「どうして⋯⋯どうしてそんなに、優しいんですか?!」
「⋯⋯お前の言葉を借りるのなら、比較の対象があったからかもしれない」
冨岡は、目を閉じ、過去を振り返った。
「あの妹は、確かに最初から炭次郎に対しては、情を持っていた。だが、俺が駆け付けていなければ、家族以外の人間は喰っていただろう。飢餓状態の妹を取り押さえ、鬼についての説明をした俺に、炭次郎は泣きながら土下座をした。殺さないでくれ、と。俺とも妹とも、戦おうとしなかった。対してお前は思考に迷いがあっても、それを行動には出さなかった。三年もの間、泣かずに堪えた。男でも、長男でも堪えられない苦痛に堪えた。相対的に見て、お前は正しく、強い。俺よりも、強い」
「⋯⋯本当に強ければ⋯⋯貴方の傍にはいません⋯⋯」
宇那手は、ふらふらと、後ずさった。
「私は⋯⋯継子の立場を⋯⋯利用していました。貴方の下にいることで⋯⋯守られる存在として⋯⋯っ。だけど、どんなに繕っても、周囲は私を強いと言う! 戦えと! 実際私は強いから、誰も私を守れない! 私が戦い、庇い、殺し続ける⋯⋯」
その言葉を聞いて、冨岡は累の匂いを思い出した。同じ悲しみの匂いがした。
彼は唐突に、あの幼い鬼の家族ごっこが何を意味していたのか、正確に理解した。鬼であることに苦しんでいたのだろう。きっと、あの鬼の親も、子供を守りきれず、制御出来ずに殺されたのだ。
冨岡は、ある意味炭次郎の言葉が正しかったのだと思い知った。
同じ悲しみを抱いていても、人間である宇那手は、人の腕の中にいて、鬼は首を斬られた。人か、鬼か。その違いしか無いのに、結末は大きく異なる。