第50章 珠世と愈史郎
「宇那手さん」
珠世は両手で火憐の手を包んだ。
「私は貴女のことを決して忘れません。もし、産屋敷が今代で鬼舞辻を殺せなかったとしても、次の当主の方にお仕えします。継国縁壱と同じ様に、貴女の信頼を裏切らないと誓います。今後何百年生きる事になっても、決して人を喰らわず、傷付けません。貴女のために、出来得る限りの全てをやると誓います」
彼女は手を離すと、着物の袖から、細長い木の箱を取り出した。
「実は、鬼を人間に戻すための薬は、幾つか作ってみたのです。これは、先程愈史郎に託した物より、完成に近い品です。人間に戻ることを拒まぬ鬼になら、ある程度の効果が見込めるはず。人間である貴女の身体からなら、鬼の性質を完全に消し去れる物。何時か戦いを終えた時、若しくは鬼舞辻に傷を負わされた時、すぐに使用してください。そしてもう一つ」
珠世は火憐のお腹に手を充てた。
「貴女は精神的な重圧により、本来あるべき機能を失っていますね? 加えて、かなり中を損傷している⋯⋯。何故この様な状態に?」
「鬼舞辻との取引で、人間との間に産まれた子が、日光を克服した鬼である可能性を示唆しました。私を取引の材料にしたのです。鬼舞辻は、私を童磨に引き渡し⋯⋯奴は一晩中私を暴行しました。治療は最低限の事以外、敢えてしていません。また同じ目に遭わないとは限らなかったので。何度も傷を負うのは嫌です」
「なんて酷い⋯⋯」
珠世は吐き気を催して口元を押さえた。
「恐らく察しはついているのでしょうが──」
「子宮ですね。奴と私では体躯が違い過ぎました」
「約束してください」
珠世は錠剤の入った瓶を火憐の手に押し付けた。
「もう二度と、ご自身の身体を傷付ける様な真似はしないと。この薬を飲んでください。身体の修復を手助けし、本来の機能を取り戻せるはず。貴女は、誰よりも傷付いてはいけない存在です。もう何一つ、奪われてはいけない、尊い存在です。どうか、私の願いを聞き入れてください」