第50章 珠世と愈史郎
火憐自身は、何一つ珠世達を傷付ける行動は取っておらず、寧ろ鬼を嫌悪して然るべきなのに、悪意の気配が全く無かった。対等か、それ以上の存在と接するのと同じ様に、頭を下げたのだ。
「⋯⋯謝罪の必要は⋯⋯ありません⋯⋯。私が⋯⋯私が浅はかでした⋯⋯。私は鬼です。本当の鬼⋯⋯。貴女方が差し出した、手しか見えていなかった⋯⋯。その奥にある心まで、見ようともしなかった⋯⋯。人を喰った鬼に、どんな思いで手を差し伸べてくださったのか、考えもしませんでした⋯⋯」
珠世は次々と涙を溢した。火憐は、自身の両親を思い出し、胸に手を当てた。そして、秘めていた想いを吐き出した。
「貴女のお話を聞いて、私は自分のしている事が正しいのか、分からなくなりました。鬼なら無条件に殺せ? 鬼は必ず地獄に堕ちる? 何処の世界に、望んで我が子を喰いたいと思う人間がいるでしょう? 私は、鬼舞辻ですら救いたいと考えているのです。勿論生かしておくわけには行きません。ですが、奴も望んで鬼になったわけでは無い⋯⋯。必死に生きようともがき、足掻いて、与えられた薬を飲んだだけ。私は、私を喰おうとした両親を許します。天国で再会出来る事を願います。鬼舞辻と対話をしているのも⋯⋯心の奥底に諦めきれない感情があるから。もし、彼が自らの行いを、心から悔いるのであれば、私一人くらいは、赦しを与えたい。⋯⋯傲慢な考えでしょうか?」
「お前は⋯⋯優し過ぎる。それで良く柱になれたな」
愈史郎は、涙ぐんで鼻を啜った。彼もまた、鬼であるという理由だけで、身を隠して生きて来た。彼こそ、誰も喰わず、傷付けずに生きて来た。鬼になる以外に、生き延びる術が無かったのだ。しかし、鬼殺隊員の考え方で言えば、彼も、地獄へ堕ちる事になるのだ。