第50章 珠世と愈史郎
珠世の言葉に、火憐は何と返すべきか迷った。冨岡は怒りを抱いていた。人を喰った鬼が、人として生きる事を許せないのだろう。恐らく多くの隊士が同じ意見のはず。
「やってしまった事は、取り返しがつきません」
火憐は静かに囁いた。珠世は身体を硬らせた。
「殺した人間は戻らない。貴女は沢山の人に恨まれているでしょう。だけど、この四百年で、何人の人間を救いましたか? 少なくとも、炭次郎、禰豆子は、貴女の存在に救われました。それから、愈史郎さんも。無数の手が、貴女を地獄へ引き摺り下ろそうとする時、きっとより多くの手が貴女を救おうとしてくれます。私は、人として生き、鬼舞辻と戦う姿勢を示した貴女を尊敬します。こちら側に戻って来てくださった、貴女を、人間として、心から尊敬します」
「火憐さん⋯⋯」
珠世は、かつて炭次郎に見せた物と同じ涙を浮かべた。彼女は火憐の言葉に、継国縁壱の存在を重ねて見ていた。手放しの信頼は、決して裏切ることの出来ない物だ。何より尊く、鬼の本能を抑え込む力となる。
「ありがとう⋯⋯」
「確認したいのですが、貴女は何時から人を喰っていないのですか?」
「継国縁壱と出会い、無惨の呪いから逃れて一度も、断じて人を害してはいません」
「それは、とても凄い事です。私だったら、四百年も白湯だけで過ごせと言われたら、死んでしまった方がマシだと思います。苦しかったのですよね? 辛かったのですよね? 良く堪えてくださいました」
「貴女は⋯⋯本当に優しい⋯⋯。私は、人間にもなれず、鬼からも追われ、ずっと⋯⋯」
「実は、珠世様は随分前から産屋敷家に認知されていたのですよ」
火憐は、密かに聞かされていた話を打ち明けた。
「鬼狩りが貴女の元へ行きましたか? 貴女は、何百年間も討伐対象から外されていたんです。⋯⋯もっと早く、誰かが貴女に手を差し伸べていたら⋯⋯」