第50章 珠世と愈史郎
しばらくすると、冨岡が愈史郎と美しい女性を伴って現れた。
「どうして姿を見せたのですか?!」
火憐が怒りを露わにすると、愈史郎は、窓や扉に札を貼り付けて行った。
「人が倒れたからと、医者が呼ばれた。来てみれば、倒れた人間が医者で、自分で処置をしたと言っていたが、まさかお前か?」
「そうです。もう処置も済みましたし、一刻も早く去ってください。危険です!」
「珠世様が、どうしてもお前と話したいと言うから、お連れしたんだ!! 出来る目眩しはしたからな!! 鬼が来たらお前らが何とかしろよ!!」
愈史郎はそう言うと、勝手に胡座をかいて座った。珠世は一瞬冨岡を見て、その悪意や警戒心を感じ取り、火憐に目を向けた。
「初めまして、火憐さん。貴女のお名前や能力は以前より伺っておりました。私たちの為にご自分の血液を提供してくださった事にも、深く感謝致します。貴女の血は⋯⋯人間だった頃の記憶を蘇らせてくれた。血を飲むという、鬼の所業に対する罪悪感を軽減してくださった。貴女は稀血なのですね?」
「はい。記憶や感情を蘇らせ、願望を鮮明に見せる効果があると聞きました。鬼舞辻にも、それは有効でした」
「貴女は鬼舞辻と取引をしているのですよね? 何故それが上手く入っているのか、分かりますでしょうか?」
「色々な要因があるかと思いますが、血に理由があるのでしょうか?」
「⋯⋯あまり衝撃を受けないで欲しいのですが」
珠世は俯いて、口を噤んだ。そして、数秒置いてから、意を決して言葉を紡いだ。
「貴女は彼岸花を煎じて飲みましたね?」
「はい」
「貴女の身体は、人間でありながら、鬼舞辻と非常に近い状態にあるのです。それ故に、鬼は貴女の思考を読む事が出来る」
「え⋯⋯」
火憐は衝撃を受けた。人間同士ですら、虚言や妄言を五感で見抜ける様に、鬼が人間の感情を読めるのは当然の事だと思っていた。珠世は言葉を続ける。
「通常、鬼舞辻は、自分の血を与えた鬼の思考を正確に読むことが出来ますが、人間の考えや強さまで測る事は出来ないのです。ですが、貴女は違う。思考が見通せる。貴女は思考が読まれる事を前提に、巧妙に擬態し、接しているお陰で、鬼舞辻から情報を引き出せたのです。あの男は、貴女を完全に信頼している」