第49章 医術※
火憐は冷たい空気を吸い込み、随分頭がはっきりして来た。呼吸のお陰で、この手の不調は治りやすいのだ。
「もう、立てそうです。着替えて戻りますので、ご心配無く。ありがとうございました」
火憐は、冨岡の分まで丁寧に礼を伝え、袴に着替えた。
五分も経たずに外へ出ると、食堂の畳の上に、万屋の主人が寝かされていた。左側の首が腫れている。
「すみません、ちょっと失礼」
火憐は、人を掻き分けて近付き、怪我の様子を見た。
「手足の痺れや、吐き気はありませんか?」
「無いよ。でも、痛くて動かせない」
「少々お待ちくださいね。女将さん、すり鉢を貸していただけませんか? あと、お水をください」
「はいよ」
女将は、火憐が何をするのか、好奇の目で見ていた。
火憐は、幾つもの生薬を取り出した。
「ニワトコ、接骨木、黄柏。これらを合わせて塗り薬を作ります」
彼女はあっという間に薬を仕上げて、万屋の首に塗り、ガーゼを当てて、包帯で固定した。
「残りを瓶に詰めますから、腫れが引くまで使用してください。目眩や吐き気の症状が出た場合には、すぐ医者に診て貰う様に。請求書をこちらの住所に送ってください」
火憐は、自分の屋敷の住所を記し、男性に手渡した。
「ご迷惑をお掛けしました。本当に申し訳ございません」
「いや⋯⋯こちらこそ、不躾に覗きに行ってしまって、悪かった。その上タダで治療まで⋯⋯」
「悪いのは冨岡さんです。貴方も謝ってください」
火憐は、すこぶる機嫌の悪い冨岡を睨んだ。
「すまなかった」
棒読みな上に、悪意の籠もった声で冨岡は詫びの言葉を口にした。
火憐は、散々周囲の人間に頭を下げて、冨岡と共に二階の個室に案内された。