第7章 要求
「⋯⋯少し難しい要求かもしれません」
宇那手は目を伏せ、慎重に考えた。
「⋯⋯簪をいただけないでしょうか? 出来れば藤の枝を使用した物を。ですが藤の枝は脆いので、簪の素材としては不向きです。水を良く吸収する素材の物でも構いません」
「簪?」
確かに、年頃の娘が欲しがる様な品だが、宇那手には、別の思惑がある様に思え、冨岡は眉間にしわを寄せた。
宇那手は慌てて両手をヒラヒラ振って見せた。
「やっぱり結構です。私は、師範に従いたかったから、そうしただけですので」
「いや、なんとか手に入れてみよう。⋯⋯欲する訳を聞かせろ」
「お屋敷をいただいてから、庭に藤の木を植えようかと考えていました。確かにそうすれば、弱い鬼は近寄れません。ですが、鱗滝様の厄除の面の件で思い直しました。鬼に対する知識のある者が住んでいるという、目印になってしまう可能性があります。生花では、維持にお金が掛かり過ぎます。簪であれば、長く使え、私が常に師範のお側にいれば、鬼を遠ざけることが出来ます。魔除の効果もあります。もし、鬼舞辻に準ずる力を持つ鬼が柱を探っていたとしても、女が簪を身に付けるのは自然な事です。怪しまれないかと。簪に毒を仕込んでおくのもありですね」
「⋯⋯」
冨岡は、足を止めて、宇那手に向き直った。彼女が水の呼吸を完全に使いこなし、独自の型を思い付いた時から、薄々考えてはいた。
宇那手は、自分よりも遥かに柱に相応しい、と。しかし、彼女を柱にするには、冨岡自身が引退、若しくは死ぬより他にない。これまで、同じ呼吸の使い手が同時に柱に任命された事は一度も無いのだ。
宇那手の思考は、柱の中でも特に理論的に物事を考える胡蝶をも凌駕し、彼女を驚嘆させた。那田蜘蛛山の戦いに隠された、隊士の再選別の絡繰にも気が付いた。柱の誰一人として、産屋敷の思惑を読めずに⋯⋯いや、読もうともしなかったのに。