第41章 遊郭潜入
彼女は、疲れ切った表情を鬼舞辻に向けた。
「童磨といい、堕姫といい、上弦の鬼は強烈な個性の持ち主ばかりですね。貴方の苦労は、計り知れません」
「鬼殺隊の柱も大概だろう」
宇那手は、初めて鬼舞辻の言葉に共感した。
「それで、お話とは?」
「お前の血には、記憶を呼び覚まし、心の奥底にある願望が叶ったと錯覚させる力があった」
「願望ですか。貴方の場合、具体的にどの様な内容でしょうか? それを叶えて差し上げれば、鬼を増やさずに生きて行けるのですか?」
「⋯⋯完璧な薬を私に投与した医者の姿。私と対等な存在。鬼になったお前の姿」
「残念ですが、全ては叶えられません」
宇那手は胸に手を当てて俯いた。鬼の、人間的な面を突けと言ったのは彼女だが、非情になりきれなかった。
鬼舞辻は、鬼の中では、産屋敷と同じ立場にいる。怒らせてしまうかもしれない。しかし、それを覚悟で宇那手は鬼舞辻を抱きしめた。
「必ず救ってみせます」
「お前に分かるものか」
鬼舞辻は、血塗れの宇那手の腕を掴んだ。確かに、その血は、味を覚えた鬼を強く誘惑する。口に含めば、叶うはずも無い望みを夢見る事が出来る。しかし、口にし続ければ、現実を見る事が出来なくなり、やがて正気を失うだろう。
「私は、必ず貴方を陽の元にお連れします。憎んでいないと言ったら、嘘になります。鬼舞辻様、三年前、藤の紋の家系出身の女と、猟師の男を殺した事を覚えていますか?」
「ああ。あの時は鬼狩り供も血眼になっていた」
「私はあの晩、鬼にされた両親と同じ屋敷の中にいたのです。私は貴方を憎いと思う一方で、自由を与えてくれた存在だとも思っています。貴方を救います」
殺す事で。と、宇那手は心の中で付け足した。地獄以上に苛烈な環境があるとしたら、鬼舞辻は間違いなく其処へ行く事になる。しかし、ほんの僅かでも、自らの行いを悔いるのなら、地獄へ堕ちる事は出来るかもしれない。