第41章 遊郭潜入
「堕姫の首は二つで一つだ。殺すなら、二つの首を同時に撥ねる必要がある。柱一人では到底敵わぬと思うが、二人いればどうなるか⋯⋯」
鬼舞辻は突然そんな事を呟いた。柔らかな表情と声色で。鬼でなければ、十分過ぎるくらい魅力的な男性だ。だからこそ、麗も騙されたのだろう。
「血を差し上げるのは構いませんが、私は体内に毒を蓄積していますので、害があるかも知れませんよ。一応、肉体を丸ごと喰われない限り、作用しない様にはしていますが⋯⋯」
宇那手は簪を手に取り、袖を肩の辺りまで捲り上げた。あまり目立つところに怪我を負っては、叱られる。彼女は躊躇無く、二の腕を斬り付けた。すぐに血が滲み、床に垂れた。
「確かに臭いはしない。何故だ?」
「さあ?」
宇那手は、相手が鬼舞辻である事をすっかり忘れ去っていた。彼があまりにも、人間らしく振る舞っているから。
彼女は二の腕を鬼舞辻に突き出した。それが途轍もなく危険な行為だと、後になってから気が付いた。
鬼舞辻は、宇那手の傷口に直接口を付けた。彼は噛まなかったし、大人しく血を飲むと、すぐに解放した。
「⋯⋯これは」
鬼舞辻は、口元を覆い目を見開いた。人間だった頃の記憶や、その時の感情が、鮮明に蘇って来たのだ。血の味が薄れると共に、その記憶も霞みがかった様に消えて行った。
ある種の自白剤の様な効果もあった。鮮明に当時の感情が蘇り、それを制御出来なかったのだ。
童磨が単純に、稀血と言い、継続して摂取出来たのは、彼にロクな感情がなかったからだ。
鬼舞辻はある可能性を見出した。鬼であるとはいえ、千年前の記憶は薄れ掛けている。当時の事をもっと思い出せれば、自分に投与された薬がなんであったか、分かるかもしれない。
「もっと血を寄越せ。そうすれば、当面殺さずに生かしておいてやろう。他の鬼共からも守ってやる」