第41章 遊郭潜入
「およし!!」
叱声が響き、男も、宇那手も動きを止めた。蕨姫花魁が、禿を伴って姿を現した。宇那手は、彼女が鬼であると、すぐに分かった。
「その子はまだ、水揚げも済ませていないんだよ!!」
蕨姫は、宇那手に歩み寄り、一瞬躊躇したが、簪を素手で握り、取り上げた。鬼であるならば、相当の苦痛を味わったはずだ。事実、彼女の手は爛れた。
「こんな事をしちゃあ、いけないよ」
蕨姫は簪を宇那手に返した。その表情が妙に悲しげで、宇那手は、息苦しくなった。何故庇ってくれたのか、理由が分からなかった。
後で喰うためかもしれないが、それにしては、悲しみや、優しさの匂いが強過ぎた。
蕨姫は男に向き直り、首を傾けた。
「お前は金輪際出入り禁止だよ。さっさと立ち去りな!!」
気迫に押されて、男は逃げる様に立ち去った。
蕨姫は、あっと言う間に治癒した手を、宇那手に差し出した。
「大丈夫かい?」
「はい。ありがとうございました」
「あんたは、将来上物になる。夜の内は、部屋から出るんじゃ無いよ。あんな手段に出ちゃあいけない。人を呼ぶんだね」
「⋯⋯はい」
宇那手は、立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました」
蕨姫は、従順な宇那手を脇目に、通り過ぎた。もう遠い昔の出来事なのに、どうしても見捨てられなかった、自分の弱さに苛立った。
追い詰められた宇那手の姿は、過去の自分だった。蕨姫⋯⋯梅は客の目を簪で突き刺し、火に焼かれたのだ。
念のため、新入りの気配は深く探る様にしていたが、宇那手は、確かに並の人間だった。特に問題はないだろう。
宇那手は、善逸⋯⋯もとい、善子の部屋に向かった。
「善子、いる?」
「はい!」
返事を聞き、宇那手は部屋に滑り込むと、どう切り出そうか悩んだ。盗聴されている可能性も、血鬼術で監視されている可能性もある。
宇那手は、彼が比較的察しの良いことを思い出した。
「さっき蕨姫花魁に、廊下で助けていただいたの。知らない男に買われそうになって」