第40章 前夜
彼女はその気になれば、完璧に自分の感情を操る事が出来、柱や鬼ですら思考を読めなくなる。きっと、自分を愛しているんだと、他人に錯覚させることも出来るはずだ。
「火憐、これまで何度も言って来た。奪うか奪われるかの瀬戸際で、躊躇するな」
「難しいですね。体術は使わないつもりです。遊女の中に鬼が紛れていれば、堅気の人間で無い事がバレてしまいます。となると、使えるものは、簪くらいです。少ない力で人に痛みを与えられて、尚且つ奪われても、致命傷を負わされる可能性が少ないので」
「眼球を狙え」
「本気で言っています? 下手をすれば死にますよ? ⋯⋯心配しないでください。上手くやりますから」
宇那手は、安心し切った表情で冨岡に寄り掛かった。
「人だけは、傷付けないと決めているんです。どれだけ、傷付けられても」
「甘い」
冨岡は、諦め半分で宇那手の髪を指に巻き付けた。艶やかな黒髪は、冨岡のお気に入りだった。
「このまま喰いたいが、任務が終わる前までは待ってやる」
「私は待てないんですけれど」
「なら、このまま何とかしてやる」
冨岡は、仕方なく宇那手の足の付け根の辺りに触れた。
「⋯⋯っ」
「こんな身体では、誰に触られても同じだろう」
「どうしてそんなことを言うんですか! 身体は反応します! 傷が付かない用にするための、無意識の防衛反応です!! でも、心が痛いんですよ!!!」
彼女は怒りを爆発させて、冨岡の腕から逃れた。その様子を見て、冨岡は初めて、宇那手が柱としての最初の任務に、かなりの重圧を感じているのだと思い知った。
普段の彼女なら、上手く交わして、酷い人だと笑って済ませてくれる。冨岡も、そういう部分に甘えていた。