第40章 前夜
「ですが──」
「私は元々独りで逝くつもりだった。だけど、あまねが傍にいてくれる。まだ、少し先の事のようだけれどね。夜は独りでも大丈夫だよ。それよりも、天元の事を⋯⋯全て任せてしまってすまない。また、君を危険に晒してしまう」
「それが私の役割です。⋯⋯お薬を用意します」
宇那手は、あらかじめ煎じておいた物を取り出し、水差しから器に水を注ぎ、粉末を溶いた。今の産屋敷は、日によって、粉末すらも咽せて飲み込めない。
「ありがとう、火憐。君の薬のお陰で、私は確実に生き永らえている」
宇那手は、産屋敷の主治医と協議し、これまでの対症療法的な処方では無く、呪いに対抗するための調合を考えた。
産屋敷の症状が、血の呪いを理由とするのなら、それをどうにかすれば良い。鬼舞辻に近い性質を抑え込む様、鬼に用いる毒を、胡蝶と共同で、人間にとって害のない様に作り替えた。水仙と彼岸花を取り除いたことによって、細胞の変異に対する効力は弱まってしまったが、仕方がない。
もう一つの対抗策は、定期的な瀉血と輸血だ。これは、産屋敷の体力を消耗しない様に、少量を短期間で繰り返している。
血液の入手については、珠世を頼るしか無かった。産屋敷と同じ型の血液で、病気に罹っていないものを集めるのには苦労したが、命には変えられない。
「私があと数ヶ月⋯⋯お館様に出会ってすぐに行動を起こしていれば、もっと時間を稼げたのに⋯⋯」
宇那手は薬を手渡しながら、激しく自分を責めた。
「初めてお会いした時に、手を打っていれば⋯⋯」
「#火憐#。私は長生きの方なんだよ。そんなに責めないでおくれ」
「でも⋯⋯お館様は⋯⋯まだあんなに小さい⋯⋯。あの子はまだ、家族が必要で⋯⋯。それなのに⋯⋯」
「火憐、ありがとう。優しい君を、私の呪縛に巻き込んですまない。本当にありがとう」
産屋敷は、器を返すと、大人しく体を横にした。
「私も、もう休むから、灯りを消しておくれ」
「かしこまりました。お休みなさい」
宇那手は、蝋燭の火を消すと、琴を抱えて部屋を出た。