第35章 後悔
「何より恐れていた事は、師範に恨まれる事。ですが、師範は私を抱きしめてくださった。そして、私は情報を引き出すという目的を達成し、回復不能な傷は負っていない。鬼にもなっていない。心が折れるかどうかは、私次第でした。でも、私は折れなかった。そして、今、優しい人達に囲まれている。⋯⋯私の勝ちです」
そう言い放った宇那手は、鬼の笑みに近い表情を浮かべていた。
「なんと表現するべきでしょう? 全身に切り傷を負いましたが、腕を切り取られたわけではないので。代わりに、鬼の情報をもぎ取って帰って来ましたが」
彼女は袖からナイフの付いた瓶を取り出した。
「馬鹿な鬼。刺された事にも気付かないなんて」
ニャーと声が響き、茶色の模様の猫が姿を現した。
「童磨の血を採取出来ました。鬼舞辻の血が濃いはず」
宇那手は、猫の背負い袋に血液の入った瓶を収めた。また一声響き、猫は姿を消した。
「なるほど。血鬼術か。便利な力だね」
産屋敷は、状況を飲み込み、微笑んだ。宇那手は、穏やかに頷いた。
「炭次郎様から聞いたのですが、愈史郎様の術は他人にも貸与出来る物の様です。隊士に使用すれば、目眩しの効果を発揮します」
「何れ、珠世さんの力が必要になった時に、検討しよう。しのぶには、後で話をするよ。二人が協力すれば、より効能の高い薬を作れるはずだ」
「はい。その際には、連絡係も務めます。⋯⋯お館様。私はもう、身体を動かせます。これ以上、柱の皆様をお待たせ出来ません。会議に参加します」
宇那手の断固たる決意を前に、産屋敷は頷くより他に無かった。