第35章 後悔
胡蝶は、宇那手を守る様に奪い、抱き寄せた。
「その鬼は、恐らく姉の仇です!」
「⋯⋯間違いありません。本人が言っていました。昔、私と同じ髪の長さで、蝶の髪飾りを付けた女を喰い損ねた、と」
「私が殺します。命に変えても、仇を取ります。絶対に許さない」
「私の調合をご覧になりましたか? ⋯⋯あらゆる毒を使用しましたが、完全には効きませんでした。組み合わせを変える必要があります。一定の効果を確認出来たのは、藤、桃、笹⋯⋯それから彼岸花です」
「彼岸花?」
産屋敷が驚いて声を漏らした。確かに彼岸花には毒がある。しかし、鬼舞辻が日光を克服するために求めているのも、また彼岸花だ。
宇那手は頷いた。彼女の瞳には、しっかりとした光が戻り、殆ど正気を取り戻していた。
「調べたのですが、国内に自生するものは、一般的に種子で増えることが出来ない種類の様です。一度球根ごと抜いてしまえば、二度と生えません。鬼舞辻が求めている青い彼岸花が、自然に生えた物で、根を薬として使用したのなら、二度と手に入らないでしょう。国外へ旅行にでも行くのなら別ですが」
彼女は胡蝶に視線を向けた。
「私なら、この毒に、水仙を加えます。彼岸花の毒を強化出来ます。彼岸花と水仙で、素体である人体の性質を破壊し、藤、桃、笹で鬼の性質を破壊するんです。致死量の数百倍もあれば、斬首出来る程度には弱らせる事が出来るはず。簪一本でも、顔が爛れる程度の効果は発揮しました。問題は、人間が服用するとして、鬼の身体に取り込まれるまで、毒の性質を抑える方法ですね⋯⋯」
「何故、こんなに冷静でいられるのですか?」
胡蝶は、少し恐れ慄きながら訊ねた。宇那手は胸に手を当てて、自分を取り囲んでいる人々の顔を見回した。
「何も失っていないからです」
彼女の顔つきは、精神崩壊を起こしたカナヲとは違った物だった。