第5章 家族
宇那手は、すぐに冨岡に向き直った。
「お水は飲みますか? 何か必要な物があれば、言ってください!」
「お前も横になっていろ。まだ回復しきっていないのだろう?」
「⋯⋯っ!」
宇那手は、冨岡の手を抱きしめ、涙を浮かべた。
「貴方が回復すれば、私も元に戻ります。心配で⋯⋯胸が張り裂けそうなのです。この苦しさの理由は、きっと師範を愛しているから⋯⋯」
「俺はとりわけ嫌われてはいないが、愛される様な人格でも無い」
「それでも私は愛しています! 家族の様に、大切に思っています。師範として尊敬しています! お願いですから⋯⋯今は、こうして、お傍にいさせてください!」
「家族か⋯⋯。俺は父親か? 兄か? しかし、お前は父親と兄の代わりは不要と言ったが⋯⋯」
冨岡の問いに、宇那手は閉口した。彼に対する感情は、父を慕う思いとは微妙に違っていたし、兄はいなかったので分からない。
「まあ、良い。俺の答えは出した」
冨岡は、宇那手を抱き寄せ、額に唇を押し当てた。宇那手は、驚きのあまり、声も出せず、完全に動きを止めてしまった。
「俺は死なない。お前が俺を慕っている間は傍に置く。だが、万が一の時には、お前と同じ様に、俺もお前のために喜んで命を差出そう。だから──」
冨岡は言葉を切った。宇那手が、自分の胸に寄り掛かって、静かな寝息を立てていたのだ。体の強張りは取れ、穏やかな表情をしている。
安心したのだ。全集中の呼吸は続いていた。
「襲っちゃ駄目ですよ、冨岡さん」
部屋の隅に姿を潜めていた胡蝶が、面白そうに囁いた。
「良かったですね、お話が纏まって」
「⋯⋯これをどうしたら良い?」
冨岡は素で困惑した。宇那手の手が、彼の隊服をしっかりと握り締めていたのだ。
「あらあら。可愛い妹が一緒に寝たいと言っているなら、それで良いではありませんか」
「正直、こいつは妹に見えない」
冨岡は、宇那手が聞いたら、また泣き出しそうな言葉を言ってのけた。両者のすれ違いには、宇那手の方にも問題がある。彼女は、言葉の奥にある心を読み取る能力に欠けていた。
なんとなく気持ちを察した胡蝶は、そっと宇那手の背中を摩った。
「もしもし、宇那手さん。ベッドに戻りましょうか?」