第5章 家族
「はい! 師範の命は絶対です。お約束します」
「⋯⋯命令では無い」
冨岡は、自分の言葉が宇那手を通り過ぎて行く事に虚しさを覚えた。しかし、そうなってしまったのは、これまでの接し方に問題があったからだと、ようやく受け入れることが出来た。
「希望だ」
「師範の言う、希望と、命令の違いが、私には理解出来ません。私が思っている意味と合っているのか、確信を持てません。ですが、師範が長生きを望むのでしたら、そうします」
「今はそれで良い」
冨岡は短く答えた。胡蝶は調合した薬を、冨岡と宇那手に其々手渡した。
「すぐに服用してください。特に冨岡さんは、早く回復していただかないと。お館様には、一応連絡をしました。⋯⋯宇那手さん、本当に覚悟はよろしいのですね?」
「はい」
答えた次の瞬間、宇那手は薬を飲み干した。それは、藤の毒を調合したもので、鬼の体内に入れば血気術の使用を防ぐことが出来るものだ。
「⋯⋯死んだ後、鬼に食い殺されて、他の隊士を傷付ける理由にはなりたくありません。せめて鬼を弱らせるか、喰われずに遺体が残る様にしたいのです」
「その覚悟は、立派です。でも、冨岡さんのためにも、量は最低限度に止めます。副作用が無いとは断言できません。一月に一度、薬をお渡しします」
「それは何だ?」
冨岡は、勢い良く体を起こした。
「藤の毒です」
宇那手は静かに答えた。
「人体にはそれ程害はありませんが、鬼が私を喰えば、多少の足止めになるかと。⋯⋯胡蝶様、これを改良して、一般の隊士に服用させることは出来ないでしょうか? 複数人で討伐に当たる場合、鬼を弱らせることが出来れば、喰われて命を落とした隊士も救われます」
「それは、考えたことがありませんでした。確かに有効ですね。検討します。お薬も飲んでいただけましたし、私はこれで失礼します」
胡蝶は湯飲みを回収して部屋を出て行った。