第32章 終炎
「ありがとうございます!」
村田は慌てて受け取り、汚れない様、背後に置いた。
「そういえば、宇那手さんは、下弦ノ十二鬼月を斬っていますよね? 確か幻術を使用していたと⋯⋯」
「はい。私が現場に駆け付けた時には、同士討ちの状態でした。人間が鬼の姿に見える幻術を掛けられていたのです」
「どうやって見破ったんですか?」
「まあ、臭いが人間でしたし、鼻が利かない人間でも、冷静になれば対処出来たはずです。十二鬼月にしては、動きが遅過ぎた。人間である事は容易に分かりましたよ。それについても書いてあります。後で目を通してください。⋯⋯すみませんが、村田さんも、師範も、食事の最中に殺した鬼の話をするのは、極力避けていただけますか?」
宇那手は、青白い顔で箸を置いた。冨岡は、彼女の膳だけ、魚や肉が一切無い事に気が付いた。だから彼女は痩せており、筋力が弱いのだ。
「鬼を切った感触が、手に残っているのです。人の形に近い者程、記憶に残ります。⋯⋯どうしても、肉や魚を体が受け付けない。あまね様は、私に気を使って、卵や貝を利用し、栄養価の高い洋食を用意してくださいました。ここでも、偶に洋食を出しても良いでしょうか?」
「毎日そうしろ。⋯⋯ずっと気付かず、すまなかった」
冨岡は即答した。彼は自分の器を手にし、鮭を箸で摘み、彼女の口元に近付けた。
「しかし、今は食え。堪えて食え。その顔色では、眠ったまま死にそうで、俺が堪えられない」
「た⋯⋯食べます! 自分で食べますから!」
宇那手は、目を閉じて一口だけ食し、冨岡から器を奪った
「子供じゃ無いんですから、止めてください!!」
「おい、全部は食べるな」
それは、冨岡の好物である鮭大根だった。宇那手は仕方なく、半分を自分の器に貰い、後は返した。