第32章 終炎
屋敷に戻ると、珍しく冨岡が文机に向かっていた。
「只今戻りました。師範、どなたにお手紙を?」
「鱗滝様だ。炭次郎の件を改めて詫びる必要がある」
「食事は摂られましたか?」
「まだ済ませていない。待っていた」
冨岡は筆を置き、鴉に手紙を預けると振り返って簪を差し出した。
「少し傷が付いている。処分するか悩んだが──」
「返してください!」
宇那手は、慌てて飛び付いた。冨岡がくれた物は、何一つ捨てたくなかったのだ。
「ありがとうございます。これは、大切な物ですので、身に付けられなくても、持っていたいのです」
「また、新しい物を用意する。後日、町へ行くぞ」
「はい。ありがとうございます」
宇那手は、嬉し過ぎて泣き出しそうになってしまった。
冨岡は、村田にも視線をやった。
「無事か」
「はい! 宇那手さんに守っていただいて、なんとか⋯⋯」
彼は恥入って俯いた。本来ならば、先輩の自分が宇那手を守るべきだったのだ。しかし、あの鬼には、どうやっても敵わないと分かってしまった。
「大丈夫ですよ」
宇那手は、勇気付ける様に、村田の肩に手を置いた。
「あの子供の目を見たでしょう? 私達に尊敬の念を抱いていた。貴方の戦う姿も、彼が生きる原動力になったのです」
「だけど俺は、下限の十二鬼月の傀儡にすら敵わなかった!」
「成長は見込めると考えています」
宇那手は、嫋やかに微笑んだ。
「人には其々、生まれ持った役割があります。私が上弦の鬼を一体殺している間に、村田さんは二十体の鬼を殺してください。今夜の様な任務が減るだけでも、柱の負担は軽減されますので」