第31章 幻惑の鬼
「村田さん。私を見ていてください」
宇那手の声に、辛うじて正気を取り戻し、村田は刀に手を置いて通りをじっと見詰めた。
そして、不覚にも安堵してしまった。冨岡が駆け付けて来たのだ。
「宇那手、あいつは何処へ行った?」
「お答え出来ません、師範。おかしいですね? どうして私の名前を呼んでくださらないのですか? もしや、ご存知無いのでしょうか?」
彼女は目にも止まらぬ速さで日輪刀を抜き、冨岡の首を斬り落とした。鬼の首を斬った時とは違い、派手な血飛沫が上がり、胴体はその場にドサっと倒れた。
「村田さん、鼻を塞いで。血の臭いに惑わされないでください」
村田は慌てて鼻を摘んだ。
「火憐」
宇那手の前には、今度こそ、本物の冨岡が立っていた。宇那手は満面の笑みを浮かべた。
「師範。こんな場所で、私が犬死するとでも? 私たちの敵は誰ですか?」
「鬼の頭──」
「名前を聞いているのですよ。さあ、答えて。鬼舞辻の名前は?」
「っ!! クソが!!」
正体を現した鬼の首を、宇那手は瞬時に刎ねた。
瞬間、村田の視界から宇那手が消えてしまった。しかし、声は聞こえた。
「村田さん。ご自身の手で、幻影を斬る必要があります。出来ますね?」
「はい!」
答えて刀を抜いたものの、村田は躊躇った。母と父は、身を寄せ合って震えていたのだ。
「お⋯⋯お前、母さんを斬るのかい?」
(家族は死んだんだ! 鬼に殺された!!)
「俺の家族は、宇那手さんと、冨岡だ!!」
村田は、なんとか思い切り刀を振り、両親の首を斬った。濃い血の臭いが辺りに充満した。頭の中に次々と言葉が響く。
──守る者もいないのに、何のために戦う?
──両親を殺した手で、人を守れるのか?
──お前一人では、何も出来ぬ!