第31章 幻惑の鬼
「すみません、俺の任務に付き合わせてしまって」
村田は申し訳なさそうに頭を下げた。宇那手は首を横に振った。
「まあ、貴方にとっては、かなり難易度の高い物でしょう。私の動きをよく見ていてください。⋯⋯それにしても、女子供を狙う鬼は多いですね。美味しいんでしょうか?」
「⋯⋯以前、年頃の娘は美味いと言っていましたよ」
「まあ、私は平均的な婚期も逃しておりますので、問題ありませんね」
「いや、ありまくりですよ」
村田から見ても、宇那手は水準以上の美人だった。年齢もまだ十八と聞いている。一応大人ではあるが、変態思想の鬼なら、喜んで喰おうとするだろう。
「あ」
宇那手は町に踏み入った瞬間、髪に触れた。簪を忘れたのだ。仕方なく、彼女は冨岡に渡された紐で髪を束ねた。
思えば、冨岡が宇那手へ、個人的にくれた物は、髪紐と簪だけだった。
そもそも、宇那手も冨岡へ贈り物をしたことが無かった。
「止まって」
宇那手は、静かな声で村田を遮った。この町には、人の気配が一切無かった。いや、此処は町ですら無かったのだ。
賑わいを見せている夜店や、宿からも匂いや音が一切しない。聞こえるのは木々の葉音。星の位置から考えても、山の中にいるはず。
「分かりますか、村田さん」
「はい。様子がおかしい⋯⋯。まるで夢の中の様な⋯⋯」
「血鬼術ですね。つまり、そこそこ人を喰った鬼がいます。そこの建物の中に隠れていていただけますか? 正体を暴いてみせましょう」
宇那手の言葉に、村田は素直に従った。勝手に他人の家に踏み入ったにも拘らず、一切咎められなかった。いや、他人では無い。其処には村田の家族がいた。