第30章 鱗滝左近次
冨岡は、初めて宇那手に対する本当の評価を口にした。
「あの娘が少し母屋を離れている隙に、両親は鬼に変貌しました。宇那手は、鬼舞辻の存在を察知し、咄嗟に気配を消しました。そして、麓の町や、藤の紋の本家に被害が及ぶ事を懸念し、自分ごと家に閉じ込めた。鬼が共食いで力を付ける事も理解していたので、力の強い父親を別室に隔離し、俺が駆け付けるまでの数時間、包丁で母親の顎を斬り続けたのです」
その話を聞き、鱗滝だけでは無く、隊士も縮み上がった。
「何故お前は、あの娘を此処へ連れて来なかった?」
「鬼殺隊の隊士としての恩恵を受けずとも、生きて行けると判断したからです。⋯⋯ですが、あの娘は、家の前で殺されていた隊士の日輪刀を奪い、町へ出て、鬼に襲われていた隊士の命を救い、その男から呼吸を教わったと聞きました」
「その隊士は?」
「宇那手が最終選別を受けている最中に、鬼に殺されました。その男は、宇那手の手を借り、実力に見合わない階級と任務を与えられていた。当然の報いです」
「あれは、本物だ。儂が本気を出したとしても、到底敵わない」
鱗滝が、手放しで称賛を口にすると、茂みから宇那手が飛び出して来た。
「戻りました」
傷一つ負っていない。それどころか、罠を一つも発動させずに降りて来たのだ。炭次郎ですら、一晩掛かったというのに。
鱗滝も、にわかに信じ難かった。
「山の頂上には何があった?」
「破れた大岩と、しめ縄の残骸です。⋯⋯それから、此れは師範にお渡しするべきでしょうか」
宇那手は、袖から真っ二つに破れた狐の面⋯⋯厄徐の面を取り出した。