第30章 鱗滝左近次
藤原、村田、浅井は宇那手の化け物じみた気配に恐怖の表情を浮かべた。
「⋯⋯なるほど。確かに傑物と言える。型を見せろ」
「水でしょうか? 炎でしょうか? あるいは両方?」
問い掛けながら、宇那手は、既に水の呼吸拾弐ノ型を使用していた。それは、鱗滝にとっても未知の物で、彼も斬撃を打ち払う事しか出来なかった。
しかも、宇那手が手を抜いている事は、ありありと分かった。
「見事だ。しかし、こうなったらどうする?」
鱗滝は冨岡の首根っこを掴み、首筋に刀を押し当てた。
宇那手は、少しも迷いを見せなかった。
「師範は自分でどうにか出来ます」
「では、儂が十二鬼月なら──」
鱗滝は目を疑った。宇那手は瞬時に炎の呼吸に切り替え、壱ノ型、不知火で、冨岡の首に刀を突き付けた。
「師範諸共斬り殺します」
「では、禰豆子が鬼になったら?」
「師範が責任を取り、私は柱の本分を全うします」
宇那手には、付け入る隙が一切無かった。鬼を殺す事に関しては、完璧に近い存在と言える。
冨岡に刃を向けた瞬間、殺意にも似た激しい怒りを感じたが、それを制御し、行動には一切出さなかった。
「では、この山の頂上まで登り、戻って来い」
「御意」
宇那手は短く答えて、すぐさま茂みの中に消えた。匂いを辿ろうと、鱗滝は足を踏み出し、息を呑んだ。
足袋に簪が突き刺さり、地面と縫い止められていたのだ。
「義勇」
「はい」
「あの化け物を何処で拾った。お前が特別な感情を抱いている事は分かる。しかし、長生きはせんぞ」
「覚悟の上です。お館様も、近い将来、鬼舞辻を討つおつもりです。⋯⋯あの娘が生きている内に」
冨岡は、地面に突き刺さった簪を拾い、土を拭いた。彼が何より大切にしていた羽織で。
「あの娘は、出会った時から判断が早かったのです。母親は藤の紋の家系出身。猟師として暮らしていましたが、鬼に対する知識があった。⋯⋯それを鑑みても、常軌を逸していました」