第4章 蝶屋敷
宇那手は、産屋敷の館まで戻り、鼻を澄ました。胡蝶しのぶからは、藤の花に似た独特の香りがしたのだ。それを辿るのは容易だった。
宇那手は、年相応の幼さを前面に出し、立派な屋敷の戸を叩いた。
「胡蝶様! 胡蝶様! 水柱の継子、宇那手です! 夜分遅くに申し訳御座いません!!」
「継子?」
戸を開けたのは、鋭い目つきの女性隊士だった。
「継子の方が何かご用ですか? 胡蝶様は先程戻られたばかりで──」
「私が対応します」
屋敷の奥から、胡蝶本人が姿を現した。
「どうかなさいましたか?」
「冨岡さんが、体調を崩されたのです! 風邪なら良いのですが、万が一蜘蛛の毒なら──」
「落ち着いてください、宇那手さん。呼吸を整えて。体調を崩しているのは、貴女の方ですよ」
胡蝶の優しい声色に、宇那手は冷静さを取り戻し、深く息を吸った。見えなかった物が、見えて来る。
自分の後を追う様に、水の匂いが迫って来た。
「一先ず、中へ入ってください。お話は冨岡さんから伺います。此処は安全ですから、全集中の呼吸を解いても大丈夫ですよ。少し休んでください。⋯⋯冨岡さん、事情を聞かせてください」
既に宇那手の真後に現れていた影に、胡蝶は笑みを向けた。彼女は宇那手を抱きしめ、背中を摩りながら、冨岡には鋭い視線を向けた。
「この子は、実の親が鬼になっても冷静に対処出来たのですよね? 一体何を言ったら、こんなに取り乱したのでしょう?」
「俺は何も言っていない」
ほば事実だ。
「お話になりませんね」
胡蝶は穏やかな口調で、けれど凄みの篭った声で詰め寄った。
しかし、宇那手が間に入り、冨岡に駆け寄った。
「冨岡さん、髪が濡れたままです! 余計に体調が悪くなります! どうして私を追って来たのですか!!」
「体調は悪くない」