第3章 小さな根城
「ああ」
冨岡は短く答え、宇那手の背中を見詰めた。彼女は冨岡よりも三つ歳下だ。しかし、ずっと大人びている。どうしても、姉の姿と重なって見えた。血の繋がりは無いが、彼女は確かに家族で、決して亡ってはならない存在だ。
冨岡が入浴の用意をしていると、流しの方から鼻歌が聞こえて来た。その声は、何処か涙混じりの様な気がして、胸を突かれた。
しかし、湯船に浸かった次の瞬間、冨岡は血の気が引いた。珍しく考え事をしていたせいで、着替えを用意し忘れたのだ。まさか全裸で、狭い屋敷内を徘徊するわけにはいかない。
宇那手は血の繋がらない家族なのだから。
「宇那手!」
冨岡が叫んだ直後、抜刀した宇那手が姿を現した。
「師範、鬼の気配は──」
「着替えを出し忘れた」
「⋯⋯はあ」
宇那手は刀を鞘に収めて、額に手を当てた。普段の彼女なら、気配で何が起きているかくらいは把握出来ただろう。緊張と疲れが、精神を蝕んでいることが分かった。
「ご用意します」
「頼む」
冨岡は顎の辺りまで湯に浸かり、呟いた。宇那手は慌ただしく立ち去り、またすぐに戻って来た気配が、壁越しに伺えた。
「置いておきますね!」
「ああ」
冨岡は、力なく答えた。そのせいか、なんと宇那手は、風呂場に入って来てしまった。
「どうなさいました? 少しお顔が赤い様な⋯⋯。まさか、あの蜘蛛の!」
彼女は水音を立てて冨岡に駆け寄り、額に手を当てた。
「熱があるのですか? でしたら入浴は控えてください! 私が胡蝶様の所へ薬を取りに伺います!」
「いや、良い。出て行け」
冨岡は、悪癖を全開にし、つっけんどんな指示を出した。宇那手は、衝撃を受けた様子で目を伏せた。
「⋯⋯申し訳ございません」
彼女はすぐに外に飛び出し、少ししてから、言葉を続けた。
「私の力不足故に、師範のお心を察せず、申し訳ございません」
「いや、俺の問題だ。気にするな」
そう言っても、宇那手は気にするだろう。しかし、今回ばかりは、冨岡も事情の説明に困った。