第3章 小さな根城
「誰も、父や母の代わりにはなり得ません。元々兄弟はいなかったので、代わりも必要無いです。冨岡さんは⋯⋯なんというか⋯⋯一緒にいて、気疲れしないんです。会話を強要しませんし、私を放っておいてくださいます。元々、鉄砲を担いで山に入る様な女だったので、普通の女の子として扱っていただかなくても平気です」
「⋯⋯」
冨岡は、話を聞いているのか、聞いていないのか、鮭大根の皿を凝視していた。
宇那手は、苦笑未満の表情で、白米の盛られた茶碗と、味噌汁も並べた。
「どうぞ」
彼女が言うと、冨岡は無言で手を合わせて食事を摂り始めた。
はっきり言って、宇那手に屋敷を与えてから、冨岡の食生活は明らかに改善された。バランスの良い食事のお陰で、体調も良い。加えて、鮭大根は絶品だった。
「俺も家族は不要だ」
唐突に冨岡が口を開いた。
「もし此処が襲撃された場合、守るべき人間が増えるほど、身動きが取り辛くなる。その点、お前は自分の身を自分で守れる。足手纏いにはならない。お前が不要と言うなら、敢えて家人を増やすつもりはない」
「私は冨岡さんの判断に従います。此処の主人は貴方なので」
宇那手は静かに答えた。二人はそれ以上、余計な会話をせず、食事を済ませた。
「さて、片付けは済ませますから、お風呂に入ってください」
立ち上がろうとした宇那手の腕を、冨岡は反射的に掴んでいた。
「なんでしょうか?」
戸惑う宇那手に、冨岡は言葉が出ず、焦った。伝えたい思いがあったが、それをどの様に表現するべきか、分からなかったのだ。彼は語彙力に乏しい。
「⋯⋯感謝する。いや、感謝している。⋯⋯それだけだ」
「ありがとうございます」
宇那手は、もっと簡単な言葉で纏め、冨岡の手に、自分の手を重ねた。
「お側に置いてくださって、ありがとうございます。配慮をしてくださって、ありがとうございます」
彼女は、やんわりと冨岡の手を振り解き、食器を重ねて持ち上げた。
「お風呂、丁度良い温度になっているかと思うのですが、一応気を付けてくださいね。少し熱めに沸かしておいたので」