第20章 信頼
彼女は腕を下ろし、周囲の様子を伺った。
「師範は⋯⋯冨岡さんは、どうされていますか? 任務でしょうか?」
「任務では無いかと思いますが⋯⋯」
あまねが返答に窮していると、産屋敷が姿を現した。
「義勇は、鱗滝様の所へ行っているよ。鍛錬をするなら、あの山が良いと言って」
彼はあまねに顔を向けた。あまねは意を汲んで、部屋を後にした。
「そのままで良いから、聞いておくれ。さっき、君の待遇について、小芭内からも同意を得られた。これで、柱全員が君の存在を認めたことになる」
「伊黒様が?! 何故ですか?! 一言も会話をしておりません」
「小芭内は、蜜璃の意見、杏寿郎の評価、行冥の判断、実弥の態度を見て決断した様だ。無一郎は、私の考えに従うと言ってくれた」
「⋯⋯感謝いたします。この様に手厚い看病もしていただき、申し訳ない気持ちです」
宇那手は、ゆっくりと体を起こした。
「屋敷へ戻ります。私は病気では無いのですよね?」
「義勇は、君が最終選別の任務を終えるまでは、戻らないと言っていた。落ち着かないだろうけれど、任務の時まで、此処にいて欲しい。⋯⋯君は病気ではなく、栄養失調で倒れたんだ。何か食べたい物があれば、なんでも言っておくれ」
産屋敷の問いに、宇那手は答えられなかった。空腹は感じても、食べたいと思える物が無かったのだ。
師範の体調を考慮して、品数は増やしていたが、彼女自身、食に興味が持てなかった。
遠い過去の記憶を振り返った。父が、良く猪を仕留めて来た。家族で囲んだ鍋は、美味しかった気がする。
宇那手は、苦笑してしまった。あの頃は、動物の血ですら、見るのが怖かった。その内それにも慣れ、遂には人の血にも慣れた。その代償に、食の楽しみを失ったのだ。