• テキストサイズ

イケメン戦国<私だけの小さな恋の話>

第88章 夜には、私の名前を呼んで〜明智光秀〜



「どうして私が来ると思ったんですか?」

「さあな。なぜだろうな」

「…それ、答えになっていませんよ?」

フッと鼻で静かに笑った。
私がまた口を開けると、それを制するように

「……座れ」

短くそう言われた。

私は頷いて、光秀さんの指示通り、少し離れた位置に腰を下ろした。
畳に触れた瞬間、急に現実に引き戻される。

——私、何をしに来たんだろう。

部屋の中は静かだった。
外の虫の声が、妙に大きく聞こえる。

光秀さんは、また筆を取りかけて、けれど何も書かずに止めた。
そのまま、しばらく動かない。

沈黙が、重く積もっていく。

「……何か用があったわけではないのか」

責められているわけではないのに、私は俯いた。
ただ事実を確認するような言い方から、歓迎されてないのを感じたからだ。

「……ありません」

そう言うしかなかった。

「そうか」

それだけ言って、また黙る。

この人は、私がここに来た理由を
きっとわかっている。



「……許嫁の話を、秀吉さんから聞きました」

自分でも驚くほど、静かな声が出た。

光秀さんは、視線だけをこちらに寄越す。

「そうか」

また沈黙が流れる。

「……何も言わないんですね」

「言えば、楽になるのか?」

その一言で、胸が締めつけられた。

——楽になる言葉なんて、最初から存在しない。

「……いいえ」

「だろうな」

灯りが揺れて、影が壁に伸びる。
その影だけが、少し近づいた気がした。

「帰らないのか」

追い出すような言い方ではない。
でも、引き止めようともしない。

選択肢を、私に委ねるなんてずるいと思う。私が帰れないのをわかっているはずなのに。

私は、ゆっくり首を振った。

「……あと少しだけいてもいいですか?」

「少し、か」

光秀さんは、微かに笑った。
あの、読めない笑い方で。

「……少しでいいのか?」

「はい」

それ以上は、望まない。
望んではいけない。

また、静けさが戻る。

こんなに近くにいるのに、触れられない。
私を選んではくれないとわかっているのに、離れられない。

もういっそのこと…
そんな風に思うのに、彼はそれを許してはくれないだろう。

今は、同じ夜にいるという事実だけでいい。


/ 473ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp