第86章 悩ましい人〜豊臣秀吉・明智光秀〜
「…葉月、俺を止めなくていいのか?」
唇が触れるか触れないかの所で止まると、光秀さんが囁くように言った。
「強引、でしたけど…無理矢理じゃなかったから。ちゃんと優しかったですよ、さっきも」
そう。あれは、逃げ出す余地のある、口づけだった。
いつも光秀さんは私に逃げ道を作ってくれる。
わかりにくいけど、本当は意地悪じゃないのかもしれない。
「…ふっ。まさか、そう来るとはな」
光秀さんはためらった後、私から離れた。
頬にあった温もりがなくなり、寂しい気持ちになる。
そんな私を見て、ふっと光秀さんが笑う。
「…そんなに残念そうな顔をするな」
「し、してません!」
「いつでもしてやろう。お前が望むなら」
また、そんな甘い台詞を言う。
手慣れ過ぎていて、私を好きなようには到底思えない。
そんな私の思いを察したように、光秀さんは続けた。
「…お前はそれくらい警戒心がある方がいい。さ、もう部屋で休め」
「え?私、信長様に呼び出されているんじゃ…」
「はて。そんなこと言ったか?」
「まさか。嘘だったんですか?」
「お前を連れ出す為だ。そのくらい言わないと、秀吉が納得しなかっただろう?」
全く悪びれずに、光秀さんは言った。
光秀さんって…バレたりすること考えないのかしら。
私が呆れていると、光秀さんの目の奥が光った。
良からぬことを考えていると咄嗟に思った時にはすでに遅く、光秀さんは私を壁際に押し込め両手を付かせた。
「な、何するんですか?」
「そのまま、じっとしていろ」
「いったい何を…っ!んっ」
首筋にピリッとした痛みと熱を感じる。
光秀さんから跡をつけられたと気づき、抵抗しようとしたが後ろから押さえられて身動きが出来ない。