第86章 悩ましい人〜豊臣秀吉・明智光秀〜
……
「ん?その声、光秀か?今、ちょっと…」
「いるんだな。入るぞ」
急に声がしたかと思うと、襖が勢いよく開かれ、光秀さんが顔を出した。
「おや?葉月も一緒だったか」
光秀さんは、私たちを交互に冷ややかに見ると、私たちの手元を確認して片眉を上げた。
「光秀さん、どうかしましたか?」
「あぁ。秀吉に話があったが…お前がいるなら話は早い。葉月、信長様がお呼びだ。今すぐ来いとのことだ」
「…信長様が?私を?なんで…」
「行けばわかるだろう。秀吉、悪いが葉月は連れて行く。話なら明日、改めてしてくれ」
光秀さんは早口で言うなり、私の手首を掴むと急かすように部屋から連れ出した。
「では、秀吉。邪魔したな」
「お、おい。光秀…」
秀吉さんの声を背中に聞きながら、ぐいぐい光秀さんに引きずられるように歩く。
そんなに急ぎの用事なのかな?
光秀さんの後ろ頭を見ながら、不思議に思う。
こんなに強引な光秀さんは珍しい気がして。
「あの…光秀さん?」
返事がない。
でも、進んでいる方向が、天守閣じゃない。
私の自室に向かってる?
何か用意する物でもあるのかな?
「先に自室に行くんですか?天守閣はあっちですけど…」
そう言うと、光秀さんが手を離した。
「お前を甘く見ていた。こんな夜更けに秀吉の部屋を訪れていたとは。自室にいないからまさかと思ったが…」
「それが、何か…?」
「わかっていないな。夜に男の部屋になんか、のこのこ行くもんじゃない。喰われたいのか」
「そんな…秀吉さんはそんなこと…」
「男を甘く見るな」
ピシャリと言われ、口をつぐんだ。
光秀さんが背中を押してくれたのに。
私が上目遣いで光秀さんを見ると、呆れたように息を吐かれた。