第86章 悩ましい人〜豊臣秀吉・明智光秀〜
不意打ちの光秀さんは…ずるい。
あんな甘ったるい声で話すなんて。
私は何度も光秀さんのことを思い出してしまった。
何度も何度も。
そうして、ようやく気付いた。
…また揶揄われたんだ。
二人きりで話しかけられたことなんてなかったから、油断していた。
余裕そうな態度とあの何もかも見透かしたような目がそうとしか思えない。
あぁ、もう!
まんまと喜んでしまった自分が悔しい。
悔しい…けど、嬉しかったな。
揶揄われたとしても。
とても嬉しかった。
光秀さんの言葉も。
私を気遣ってくれたことも。
素直なところが私の美点…か。
信じてみようかな、光秀さんの言葉を。
秀吉さんの優しさを。
もっと素直に受け入れてみよう。
そう思えたんだ。
✳︎
「だからって、行動に移すの早すぎるかな…」
私は秀吉さんの自室の前にいた。
今までは、秀吉さんに自分からアプローチなんてかけたことがない。
しかも、自室に行くなんて。
そんな大それたこと、出来るわけなかった。
あからさまだもの。
さすがの秀吉さんも私の気持ちに気づいてしまう。
そうしたら、距離を置かれたり…
やんわり断られてしまうかも
だめだめ。
またネガティブな思考になってる。
私は拳に力を込めた。
うん、大丈夫。
たぶん。
「秀吉さん…今、大丈夫ですか?」
しばらくして、襖が開いた。
秀吉さんの登場に、緊張が走る。
やっぱり大胆過ぎたかもしれない。
私は早々に後悔をしていた。
「珍しいな、葉月が訪ねて来るなんて」
「は…い、急にすみません。あの…忙しいなら、また改めますから…」
私が後ずさると、秀吉さんが私の腕を掴んだ。
ドキッと心臓が跳ねてしまい、身体を堅くすると「すまん」とすぐに秀吉さんが手を離した。