第86章 悩ましい人〜豊臣秀吉・明智光秀〜
「だが、逆も然りだ。惚れた相手に好意が伝わりにくい。いつもの優しさだと軽んじて思われてしまう。奴の惜しみない優しさ故の弊害だな」
「そう…ですね。優しすぎるとそういう風に誤解されちゃいますよね」
私が深く頷くと、光秀さんが吹き出したようにくくくと笑い出した。
「あの、何が可笑しいんですか?」
「秀吉の不憫さを実感して、ちょっとな」
「笑う意味がわかりません」
「わからなくて良い。その方が面白いからな」
なにが面白いのか、光秀さんはひとしきり笑うと、私に「もう大丈夫なのか?」と聞いた。
「何か嫌なことがあったんだろう?」
「あぁ…はい。光秀さんと話していたら、少しすっきりしました」
「そうか。あまり溜め込まず、話した方がいい。お前は、我慢する癖がある。下手な笑顔を作るくらいなら、誰かに相談するなり、聞いてもらうなりするんだな」
「え?あ…はい」
「お前には頼れる兄がいるだろう?秀吉、という名のな」
私の肩をポンと叩き、光秀さんはそう言った。
変な人。
揶揄ってきたと思えば、気遣ったりして。
…ん?
「あの、さっき下手な笑顔って言いました?」
「気づいたか」
「私、そんな変な顔してましたか?」
「まあな」
「…笑顔、自信あったのに」
「お前には、作り笑顔は似合わない。それは俺の専売特許だ。上手くなる必要はない」
きっぱりとそう言われ、私は黙った。
「ささやかな頭で小難しく考えるな、葉月。素直なのが、お前の美点だろう?」
「…素直なのは欠点にならないんですか?」
私が聞くと、光秀さんはふっと急に真面目な顔をして「俺はお前に甘いからな」と言って微笑んだ。
ー…「素直に受け取れ。俺の言葉も秀吉の優しさもな」
光秀さんの優しい声がじんわりと鼓膜を揺らす。
この人も危険だ。
真っ赤になった頬を感じながら、私は光秀さんと見つめ合っていた。