第86章 悩ましい人〜豊臣秀吉・明智光秀〜
嫌なことがあった時、私はあまり口にしない。
余計にその場面を思い出してしまうから、というのもあるが、一番は自分の思いをわかってもらえなかったら辛いから。
他人の痛みなんて、当人のように理解するのは難しい。
それがわかるから、私は話せない。
きっと話せば楽になるのだろうけど…。
笑顔の下にやるせ無さを隠して、私はみんなの前にいた。
安土城は今日も活気に溢れていて、いつも明るい。
そんな雰囲気を壊したくなくて、私は笑っていた。
いつものように。
挨拶をして、広間に行こうとした時、秀吉さんがふとこちらを見て言った。
「…葉月、疲れてるだろ」
驚いて目を見開くと、違ったか?と秀吉さんが言った。
どうしてわかったんだろう。
私の笑顔が引き攣っていたのかな?
そんなはずない。
だって、誰も気づかなかったもの。
「そんなに疲れた顔してましたか?私」
「いや?少しだけ、元気がないように見えたんだ。大丈夫か?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「…そうか、良かった。何かあるなら話、聞くからな」
そう言って、秀吉さんは忙しそうに立ち去って行った。
その後ろ姿をぼんやりと眺める。
不思議だ。
気づいて貰えたこと、『大丈夫か』の気遣いが私の沈んだ心をゆっくり持ち上げていく。
…秀吉さんってすごいな。
こうやって周りの人のことをいつも気にかけているんだろうな。
そう。
気にかけているのは、私だけじゃない。
それを意識しないと、うっかり自分だけ特別なのではないかと思ってしまう。
そんな思い違いを何度しそうになっただろう。
秀吉さんの優しさを好意と思ってはいけないのだ。
それは毎回、私を悩ませる。